作畑から生野へ旅をする。

 12月17日。作畑の山仲間Qちゃんと、かねてから歩きたかった「作畑~生野の旧道」を歩きました。

作畑から生野へ行くルートはいくつかあります。「作畑の吹上から、青草の峠へ行く道」の作畑側の道は歩いたことがあります。今回は、「白口ののぞきのお大師さんから山を越えて青草へ行く道」を歩きました。

 毎回、作畑・生野周辺の山を歩くと、祖父に報告しています。というのも、祖父はかつて、この付近の山々で仕事をしたいたので、とても山に詳しいのです。
そんな祖父から道を指し記す時に、毎回、「馬の背」という地名がでてきます。きっと、この場所は重要なところなんだろうと確信していました。祖父の話では、「馬の背」という場所は、馬の背のような地形で、尾根を歩くと金香瀬方面と作畑方面に行くことができ、その右手と左手には谷があり、北側へ下りると青草へ、南側へ下りると白口へいけるそうです。つまり、今でいう4差路ということになります。この話は、祖父以外にも、たまたま山から下りてきたときにお会いした白口のお母さんも同じお話をされていました。
この場所は、どうやらこの辺りの人にとっては、山を歩く時に目印にしている場所であることが分かりました。更にいうと、祖父の話では、青草へと続く谷を「千道(せんみち)の谷」と呼んでいるそうです。


 車一台を生野ダムの湖畔に置いてきて、作畑の吹上の炭焼き小屋まで戻ってきました。そして、作畑区の炭焼き小屋をスタートにしました。
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 炭焼き小屋の西側の斜面を登って、昔の白口峠の道を歩いていきました。
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(これだけ見ても、草だらけで、どこが入口だか分からなくなってきている)

 まず、私たちをお迎えしてくれたのは「在郷軍人の会の石碑」。
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(祖父の話では、この石碑の付近に水汲み場があったらしいが、それらしき姿はどこにもない。このあたりはスギッパが多く、地面が見えない。)

 そのまま斜面を登ると、作畑の長谷(下村の大歳神社方面)にいける道がありますが、それは行かずに、右の斜面を登りました。すると、昔の「白口峠のお大師さん」の基礎が残っています。
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(今回も、かわらけなどが散乱していました・・・こっちがお堂の正面だったらしいです。)

この白口峠の大師さんの基礎の南側に谷があるのですが(写真でいうと私が写した方向と逆の方。つまり背中側)、その谷は昔の白口峠の道で、ここを下がると白口集落の方へ下りれるらしいです。(この谷を下りると、前にススキを刈った場所のすぐ下の谷にでるそうです)こっちには行かずに、大師堂の背中にある山を登っていきました。三菱の黄色い杭がたくさんある尾根を西に歩くと、だんだん下がってきて、今の白口峠の朝来市と神河町の境目のところに出てきました。
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(両方斜面になっているので、ちょっと恐いかもしれないところ)

 そこから、西側の斜面にある階段を登って、「白口のお大師さん」へ行きました。
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(写真の右のなるいところから歩いてきました。)
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(半年ぶりの「のぞきのお大師さま」。前より、屋根がさらに落ちてきていました。このお大師さまは作畑の井根の足立さんが寄贈されたそうです。)

白口のお大師さんから西へ続く山道を歩きました。ここからは初めて歩く道です。
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(のぞきのお大師さんのところから西の方向を見る。この斜面を今から歩く)

祖父の話では、お大師さんより向こうは道はあんまり残っていないといっていましたが、実際歩くととても歩きやすい道が残っていました。そして、急な斜面歩きが苦手な私でも、普通に歩くことができました。
しばらく歩くと、4つ方向に分かれる場所に出ました。
ここが「馬の背」かー!ととても感動。祖父に言われたとおり、前には金香瀬方面に続く道が、左手には白口の「萩谷」が、右手には青草へと続く「千道の谷」が本当にありました。
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(金香瀬方面。こちらは谷が入り組んでいるので、あまり行かないほうがいいと白口のお母さんに教えてもらったことがある)
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(1年ほど前、まだやまの歩きをほとんどしたことがない私がこの谷の付近を白口集落から登ってきたことがあるのですが、それは命の駆け引きの激登りでした・・・。谷を見ながら懐かしい思い出に浸る。)
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(今から下りるのはこの千道の谷)
千道の谷にはしっかり道が残っていたので、楽に下りることができました。しばらく沢沿いをを歩いていると、いきなり林道が現れました。その谷に新しい丸太の橋がかけられていることや、林道に車の轍が残っていたので、今でもここで林業がされていることが分かりました。


そして、だいぶん林道を歩き、ダムに近づきましたが、途中、Qちゃんの案で、直接ゴール地点には行かずに、また青草の峠へ戻る林道を歩き、坑道を見学しました。
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(けっこう大きな穴。あまりにもきれいな入口だったので、はじめは壕かと思いました。)
祖父曰く、この坑道のある山道は「七曲の道」といわれていて、このまま尾根向かって歩くと「青草峠」へいけるそうです。ですが、山の斜面が崩落してかなり急な山になっていました。その途中にあった坑道は、祖父曰く「手掘りしていた頃の坑道で、銀や銅や錫を出していた」といっていました。
暗くて、先はみえませんでしたが、入口も手掘りしてあるような感じでした。ところで、なんという坑道だったのか、とても気になります。

坑道を見学した後は、その道を引き返して、朝、車を置いてきた「青草橋」へ帰ってきました。
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(右方向の道から出てきました)

 朝に、車をここへ置きにくるためには、作畑から白口峠を越えて、奥銀谷、竹原野を通って、生野ダムの堤防を渡って、ダムの周りのぐねぐね道を走ったので、かなり長い距離を感じたのですが、作畑の山を越えて、今日歩いた山道を通ると、とっても作畑と生野が近く感じました(地図で見ても明らかにショートカットです)。

少し前まで、人々か作畑と生野を行き来していたという道を歩けて、とても嬉しい一日でした。
しかし、前歩いた時よりも、倒木の数増えて、行く道をさえぎられたりしていて、「人が手入れしないと山の環境が悪くなっていく。そして、山の旧道は歩かないと道はなくなるんだ。」ということをまのあたりにしました。


追伸:今日の発見。
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サルナシ。手に届くところはありませんでした!どうやら、前にQちゃんが独りで来たときに食べたらしい・・・。
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Commented by やまあそ at 2009-12-19 20:43 x
のぞきのお大師さんの基台に彫られている文字は
読みましたか?私は写真に撮り損ねているので
次回の宿題となっています。

それと坑口、すごいですね。
中に入ってみたいです。
Commented by deity_river at 2009-12-20 23:31
>やまあそさん
のそきのお大師さんの基台はまだ、みていません。
写真のとおり、奥まっていてくらいので、きっと動かさないと見れないとおもいます。。)
私も、坑道にはびっくりです。
また、Qちゃんともいっしょに白口周辺の山を散策しませんか?(本当は古城山のときに一緒に行きたかったのですが・・・)
Commented by Qちゃん at 2009-12-22 14:14 x
ともちゃん、楽しい1日をありがとう。
そうか、馬の背や坑道にはそんな過去があったんだね。やっぱり、おじいちゃんに聞くといろいろと面白い話が出てくるね。

ぜひ今度は、青草峠直登コース行きましょう
(ともちゃん用に、ロープとハーネス持ってくか 笑)
やまあそさんにもお会いしてみたいです。
Commented by deity_river at 2009-12-23 22:05
>Qちゃん
こちらそこ、楽しい一日をありがとう!
おじいちゃんは山に詳しくて、今でも覚えとるからすごいなぁって思います。地図で指し示すと、ここに何があって、ここがどうで・・・とかすごい盛り上がります。
おじいちゃんが若かったら、いろいろ聞きながら歩けるのに・・・と思うときもあります。
ぜひぜひ今度は青草峠直登りにいきましょう♪
それまでに、とりあえずストックは買っときます。
by deity_river | 2009-12-17 22:07 | ふうけい | Comments(4)

地元の暮らしの様子や日々思ったことを更新中。なくしたくないものがたくさんあるから。