妙見山と鉱山

黄金と百足―鉱山民俗学への道

若尾 五雄 / 人文書院


 最近、興味深いと紹介された『黄金と百足』という本を読んでいます。
「黄金と百足」は関係がなさそうで、とっても深いつながりがあるというのである。

 滋賀県に伝わる「三上山のムカデ退治という民話を最初に取り上げられています。
 近江国瀬田の唐橋に大蛇が横たわり、人々は怖れて橋を渡れなくなったが、そこを通りかかった俵藤太は臆することなく大蛇を踏みつけて渡ってしまった。その夜、美しい娘が藤太を訪ねた。娘は琵琶湖に住む龍神一族の者で、昼間藤太が踏みつけた大蛇はこの娘が姿を変えたものであった。娘は龍神一族が三上山の百足に苦しめられていると訴え、藤太を見込んで百足退治を懇願した。
 藤太は快諾し、剣と弓矢を携えて三上山に臨むと、三上山を7巻き半する大百足が現れた。藤太は矢を射たが大百足には通じない。最後の1本の矢に唾をつけ、八幡神に祈念して射るとようやく大百足を退治することができた。藤太は龍神の娘からお礼として、米の尽きることのない俵などの宝物を贈られた。また、龍神の助けで平将門の弱点を見破り、将門を討ち取ることができたという。
   ウィキペディア―藤原秀郷より


作品では「三上山=鉱山」であり「百足=鉱石」という結論が書かれています。また、主人公の藤太を「藤太=淘汰=選鉱」というともいっています。つまり、百足と鉱山はとっても深い関係があるとかかれています。

 また、第三章では「猫と鉱山」の関係、第四章では「妙見信仰」のお話が載っていました。
猫と鉱山では全国に伝わる猫のお話を書かれていました。どれも「最後に鉄砲の隠し玉でうつと、猫が死んでいた」というお話です。
「妙見信仰」では、妙見山と聞いて真っ先に浮かんだ但馬の妙見山についても触れられていました。かつて掘られていたことを知る人はいなくなったのですが、過去に鉱山があったことは事実で、「妙見さん=岩の神=鉱石」であることが書かれていました。

 そんなことを知っていくうちに、作畑にも「妙見山」と言われている山があることを思い出しました。妙見山は「堂山」と呼ばれ、山頂に「妙見菩薩のお堂があったから、堂山といわれるようになっ」たと聞いたことがあります。その妙見菩薩は現在は観音堂に合祀されています。
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 (観音祭りにご開帳された時の妙見菩薩。どちらかが堂山の山頂に祀られていた)

 それに、堂山の麓にある林さんのおうちには「猫と隠し玉」というお話が伝わっています。
本には「猫=砂鉄」であると書かれていました。

この二つのお話をあわせると、作畑の堂山(妙見山)にも鉱石があるのではないのだろうかと思うようになりました。

 そんなことを考えながら、堂山を単独で登りました。(麓から5分~10分ぐらいで山頂に登れます)
特に、坑道や鉱石らしきものは見つかりませんでしたが、山頂には三角点がありました。
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この山頂に妙見菩薩さまがいらっしゃいました。最近までは、テレビのアンテナや有線放送のスピーカーがあったそうです。(しかし、今はなにもありません)
祖父が頂上に大きな松の木があったといっていましたが、それも切り倒されて、ありませんでした。
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(この切り株が松かと思う)

 鉱山に関するお話は全く収穫なく、山を下山して、作畑の下村の人たちが石風呂(小字)へいくのにつかっていたという道へ下りてきて、歩きました。
石風呂へでると、作畑に在住の男性で最長老のケンジさんに出会い、堂山で鉱石を掘っていたのかどうかを聞きました。
答えは「否」。そんなことは過去に聞いたことも無いとの事です。
(2番目か3番目に長老の祖父も「聞いたこと無い」と言ってました。)

 
 地域の方の聞き取りだけでは答えが見つからなかったので、後日、googleで鉱山と妙見山についてのヒントを探していました。そしたら、偶然にも、一番最初にやまあそさんのHPに行き着きました。
やまあそさんとのメールで分かったのは、「妙見山=鉱山かというと今はそうでもなさそう」ということでした。昔はそうだったかもしれないけれど、単なる北方向を守護する、あるいは武運をお願いする妙見菩薩、毘沙門天を祀る所として名前がついた可能性があるそうです。また、妙見山でない山にも鉱山跡がところが多く、一概にそうだといえないとアドバイスを頂きました。しかし、実際に歩いて手堀りの穴があれば、鉱山ということになりますと教えた頂きました。
とりあえず、自分の足で堂山のいろんなところを歩いてみて、自分の目で見つけなければならないようです。

 私は、今はこの妙見山が鉱山であったことを知る人が居なくなりましたが、この本に書かれているとおり、この堂山も鉱山だと勝手に思いたいです。(ロマンがあるので)

 それよりも、ケンジさんとのお話でびっくりしたのは、私が登った堂山は高い杉の木に覆われているのですが、昭和6年ごろまではハゲ山で、ツツジばかりの山だったそうです。しかし、どこからか杉の種が飛んできて、植林をしていないのに、昭和10年ごろには杉の山になってしまったそうです。

 たった、70年もたつと風景が全く変わるのですね。
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Commented by Q at 2010-02-12 18:01 x
鉱石=百足、砂鉄=猫・・・なんで動物の名前なんでしょうかね。

大切な物でよそにしられたくないものに対する、隠語???

どうなんでしょう、教えて下さい。
Commented by deity_river at 2010-02-12 23:55
>Qちゃん
鉱山師の人のインタビューでは、「百足の多いところに、鉱石が多い」と書かれいました。そして、鉱夫の間では、百足でそのものが、鉱石、鉱山道具、衣装など、鉱山一切のものを表す時に、そう呼んでいたそうです、そのことから、作者は「山の坑道には百足のように、数千もの坑脚が並んでいる様子が百足に見えるからでは」と推測されています。
これは、隠語でしょうね・・・。

猫の方は、なんだか話がまとまって書いていないので、私の頭では、謂れが理解できませんでした。結論しか分からなかったです。
Commented by やまあそ at 2010-02-13 17:30 x
俵藤太に百足退治を頼んだ龍神の姫は
いわば水の神。
つまり川に流れる鉱毒に悩んで
百足の退治を頼んだ(鉱山の山の民を追い出した?)と
解釈もできますねえ。

それによって米のつきることのない俵をもらった
(田畑が守られて豊作が続いた)とも。

こういう判じ物はどのようにでも
解釈ができるのでそれにおぼれすぎると
実際のことが見えなくなってきます。
(私はこういうの大好きなんですけどね)
Commented by powerstonewalk at 2010-02-14 20:31 x
鉱山のお膝元の新町区の本来寺は毘沙門天が祀ってあり、それを詳しく調べておられる方もおられますよ。
戦国武将武田信玄にも百足衆がいました。当時の財源確保として鉱山衆の存在は重要でした。その時代の話しもとても面白いですよ。
Commented by deity_river at 2010-02-14 22:43
>やまあそさん
いろいろアドバイスをありがとうございました。
確かに、いろいろ解釈ができますね・・・。
私には、「民話」というものが、ただのstoryではないという点に、非常に驚きました。その物語には深い意味があるんや!とやっと気付きました。
また、妙見山も登ってですか?(私が一人で楽に登れるぐらいなので、すごく低いですが)

>powerstonewalkさん
確か、本にも、「甲斐の鉱山衆が佐渡に渡った」と書いてありましたね!
また、本来寺のことも詳しく知りたいです。お願いします。
追伸:今日、早朝に竹田城をバスの窓から見たのですが、すばらしい風景でした。雲の上の城でした。
Commented by mamo at 2010-02-15 10:03 x
新町、毘沙門天の本当方に有りますのでお寄りください
Commented by deity_river at 2010-02-15 22:27
>mamoさん
ぜひ、お願いします。
21日楽しみにしています。よろしくお願いします。(そのときでも・・・)
いろいろストックの出番ですねー!
Commented by tara at 2017-05-19 16:29 x
砂鉄=猫 は、「砂どり」猫でしょうかね。「砂どり」は漁師を指しますので、魚をあさる猫なのでしょうが、「砂どり」の本業は漁師ではなく「砂鉄」を取ることだったようです。そこから砂鉄採取者=砂どり→砂どり猫→砂どり=猫になったのではないでしょうかね。
Commented by deity_river at 2017-06-06 22:43
>tara さん
昔の記事過ぎて、すっかりわすれてしまいました。また、再読したいとおもいます、
by deity_river | 2010-02-11 21:49 | ふうけい | Comments(9)

地元の暮らしの様子や日々思ったことを更新中。なくしたくないものがたくさんあるから。