山の奥で・・・

 今日、作畑と白口の境界辺りの山を歩いている時にこんな碑を見つけました。
c0118495_2131169.jpg

祖父曰く、これは「在郷軍人の会」の石塔だそうです。「在郷軍人の会」というものは、明治時代に始まった徴兵令で、戦地へ赴き、無事に帰ってきた人たちが入った会だそうです。

この石塔を見つけた山は、昔、部落の山に、在郷軍人の会の方が杉を植林したそうです。
まだ、山々が、現在のように杉が植林される前の浅木(広葉樹)が山を覆っていた頃に、いち早く、この山に杉が植林されたようです。しかし、早くに植林されたので、昭和20年代後半に伐採され、現在立っている杉は、2代目だそうです。

見つけた石塔のある山道は作畑~白口に抜ける旧道にあたるそうで、石塔のすぐそばには水汲み場もあり、お参りにこられた方もおそらくたくさんいらっしゃったのだと思いますが、現在は、道のはずれにあるので、杉に囲まれてひっそりとたっています。
[PR]
by deity_river | 2009-07-02 21:49 | いいつたえ

山の神様

c0118495_2203060.jpg

 越知区の「わんかし」から西に入ったところに小さな沢があり、その辺りを深沢と言います。そこに住んでいる祖父のお姉さんのおうちにお使いに行きました。
お姉さん宅の川の向かいに、なにやら「家」ではない建物が建っていることは前から知っていたのですが、それが一体何であるのかいつも気になっていました。けれど、いつも聞くのを忘れてしまい、気に留めていることも忘れてしまいました。

 先日、お使いに行ったときにふと思い出し、その「建物」のことを聞きました。
お姉さん曰く、これは「山の神様」だそうです。昔はこの沢を登ったとこころにある蝋石採集場の上にあったそうで、蝋石採石場の神様だそうです。今は閉山されていますが、蝋石を採集していた頃は、現在「山の神様」がおまつりされている場所は「火薬庫」だったそうです。
知らなかった・・・・。


 そういえば、作畑にも「山の神様」がおまつりしてあるところがあるそうです。作畑地区の最北端で、新田地区との境の山にいらっしゃるそうです。山へ働きに行っていた人がお参りしていたそうです。山で働いていた祖父もよく行っていたそうです。「山の神様」のおまつりしてあるところに、なんとかという大きな木が植わっていたのが目印だと聞いたことがあります。一度はお参りに行きたいのですが、今は、よく分からなくなっているらしいので、やめときます・・・。
[PR]
by deity_river | 2009-05-28 22:14 | いいつたえ

神様が一緒に家をでる?

c0118495_22484976.jpg

 これは、家の仏壇です。私の家は臨済宗花園派です。禅宗なので、落ちついた感じの仏壇です。
近所の家に遊びに行って、仏壇を見させていただく機会がありました。
あまりにも仏壇がきらびやかで、思わず「いいなー」と言うと、宗派によって違ううんやでと教えていただきました。
私の母方も同じ臨済宗なので、これが当たり前だと思っていました。


 ある日のこと祖母がこんなことを教えてくださいました。
「うちは臨済宗やけど、お仏壇のご本尊は真宗のご本尊の阿弥陀如来さんなんや。この阿弥陀如来さんは、この家を起こした最初のご先祖様の奥さんの実家(屋号:石風呂)からやってきたんやけど、やけど、その家が真宗やったんや。うちにやってきた阿弥陀如来さんは、『嫁に行く時、一緒についていく』って言われたから、宗派はちがうんやけど、うちのご本尊さんになったんやで」と教えてくれました。
 そう、いい伝わってはいるけれど、実際は「実家の方が、嫁に行って何ぞ大変なことがあっても大丈夫なように、と嫁入りの際に持たせた」ようです。


 その石風呂の家から分家したAさんのお家の庭には小さな御社がまつられています。その御社はもともと石風呂の家にあったそうですが、「あなたが分家するなら一緒についていく」と言われて、やってきたそうです。

 家のご本尊が「嫁に行く時、一緒についていくと言われた」という言い伝えはまんざら嘘のお話でもないようです。
 
[PR]
by deity_river | 2009-05-24 23:02 | いいつたえ

ん?

c0118495_2030179.jpg

茶柱がたちました!




 茶柱が2本もたって、嬉しかったので、祖母に「良いことおこるかもしれへん」と言いました。
すると、祖母に「『茶柱がたったら、客人が来る』って、昔から言うんじゃ」って言われました。


 
 茶柱に盛り上がっていると、新宅のK美さんがやってきて、私の大好物の「もぎたってのイチゴ」をおすそ分けしてくださいました。


「良いこと」と「客人」どっちも当たったよ!
[PR]
by deity_river | 2009-05-21 20:35 | いいつたえ

秘伝の薬

 先日、作畑地区内を歩いていて、小さな御社に出会いました。
c0118495_2138156.jpg

いつも、この御社を見ていたのですが、そこにあるのに当たり前になってしまっていて、これが一体何であるのか気にとめていませんでした。
 先日、ようやく「この御社ってなんなんやろう?」と思うようになり、早速、地域の方に聞きに行きました。


 これのうち、右側の社は作畑地区のHさん宅の「まつり神様」で、その家に昔から伝わる神さまです。
もう一つ、手前にある祠は、同じHさん宅で昔、客死したお坊さん(だったと思う)をお祭りしたものだそうです。
このお坊さんは、旅の途中に作畑に寄られたそうなのですが、病気になりHさんのご先祖様が、お世話したそうです。そのお坊さんは、そのお礼に「秘伝のリウマチの薬の作り方」を教えられたそうです。
c0118495_2325430.jpg

 その薬は、秘伝ですので、詳しくは教えたいただけませんでしたが、大根の葉っぱを干したものに漢方薬やその他いろんなものを混ぜたもののだそうです。Hさん曰く「はったい粉(大麦を炒ってひいた粉)」のようなものだそうです。
袋には、今の代で「21世」と書いてあったので、だいぶ昔からその秘伝の薬の作り方は伝わっているそうです。
 また、この薬のパッケージですが、昔からこのデザインだったそうです。(現在は普通紙に印刷してありますが、昔は和紙だったそうです)

 
この薬にお世話になりたくはないですが、一度は飲んでみたいものです・・・。



薬袋の裏側には
(服用の心得) 此薬を服用するには其日の朝より茶、塩気等を忌食し白粥のみを食し太陽没頃に服用すべし
(用法) 袋の中にある干菜に水壱合五勺を入れ壱合以内に煎じ詰其煎じ汁に散薬を混合して服用す
(服用語の攝生) 服用後直に寝所に入り身躰の温暖なる様にして就眠すれば再三下痢を催す。翌朝に到りて効果ある下痢止まぬ時は味噌汁を食すれば下痢止まる。其日は普通の如く塩気を食し又其翌日に服用。但本剤は隔日に服用するものなり
(用法分量) 大人は壱剤を壱度に用い十五歳以下七歳以上は二分の一を用ゆ若し病の軽重により三四日を経て其効を見ざれは前記の如くに再三服すべし
(毒忌) 酒。餅。さば。芋。牛蒡。蒟蒻。其他膏の濃き魚類を一週間食ふべからず
とありました。現在は一袋2000円ぐらいだそうです。
[PR]
by deity_river | 2009-05-09 21:35 | いいつたえ

鼻血

 先日、祖母と鼻血の話題になった時に、祖母がこんなことを言っていました。


「『男の人の鼻血は夢でもみるな』って、昔からゆうんや」


祖母の話では、男の人の鼻血はよくないらしく、夢でも見てはいけないと昔から言われているそうです。

しかし、祖母はこんなことも言っていました。

「けど、おなごの鼻血はええんやで。ここのおばあさん(私から見ると曾祖母のこうおばあちゃん)は、鼻からも耳からも血をだしよったったで。そのたんびに『うちは血の気が多すぎるから、ちょっと出しとるほうがええんや』ってゆいよったったわ。」

その、こうおばあちゃん、長生きしとったったです。
[PR]
by deity_river | 2009-04-06 23:13 | いいつたえ

月からのシグナル

 私が中学生のときに好きだった本があります。

月からのシグナル (ちくまプリマーブックス)
根本 順吉 / / 筑摩書房
ISBN : 4480041915

 たしか、そこには「『受け月』ならば、その次の日はよく冷えると播磨地方の一部で言われている」と書いてあったように思います。
 あまりにもきれいな『受け月』だったので、一枚記念に。

c0118495_23143678.jpg

[PR]
by deity_river | 2008-03-18 23:06 | いいつたえ

寒(かん)

 寒(かん)とは、暦の上で寒さが最も厳しいとされる期間のことだそうです。
今年の「寒の入り」は1月6日でした。この日は「小寒」(二十四節気のひとつ)です。2月4日の「立春」の日までの約30日間のことをさします。

 祖母の話では、この「寒」の間に汲んだ井戸水は腐りにくいそう。この時に汲んだ水でお米をといでおくと、夏でも腐らないそうです。なんでなんだろう・・・??澄んでいるから?
[PR]
by deity_river | 2008-01-14 17:18 | いいつたえ

おかざり

c0118495_23322693.jpg

 もうすぐお正月。ということで、今年は「お飾り(注連飾り)」作りに挑戦しました。

 作り方は見た目よりも難しかったです。
束にした縄を6等分してそのうち4つは左右対照のめがね状の縄を作るために綯います。残りのつの束は左右の縄に巻きつけていきます(言葉で説明するのはむづかしい・・・)
めがねになっている縄の右にあるのもは右向きの綯い方、左は左綯います。
そうすることで、ない目が手をあわせてている様にみえるそうです。
 
 できたお飾りに2組の裏白、ユズリハ1枚、みかんと水引、米の穂を飾ると出来上がりです。
 裏白を飾るのは「心の裏も白くけがれのないように」、そして2組なのは「夫婦むつまじく」、ユズリハは「おたがいにゆずりあってくらしていくように。また親から子へ、子から孫へと、しだいにゆずっていくように」、みかん(橙の代用)は「代々家が栄えるように」そして米の穂は「五穀豊穣」の意味があるそうです。
 このお飾りは1月14日の「トンド焼き」で燃やされます。

 参考:足立誠太郎「ふるさとの民話史話」より
[PR]
by deity_river | 2007-12-30 23:32 | いいつたえ

堂山(どやま)

c0118495_1995546.jpg

 この写真の山はどこでも見かけるようないいたって普通の山に見えますが、この山と作畑の地域とは深い関係があります。この山の頂上には昔、「妙見さん」が祭られている祠があったそうです。この地域地区の四方にはこういう祠があり、この地域を守ってくださっていたようです。
「妙見さん」について少し調べてみると、

 「妙見さん」の歴史をたどれば、実は北辰あるいは北斗七星を神格化した妙見大菩薩が原型のようです。その姿は北の方角を意味する玄武(げんぶ;大きな亀)に乗っているものが多く、まずは「方角の神様」であるとか「失した物を現出させる神様」として、既に奈良時代には民間の信仰を集めていたことが『日本霊異記(にほんりょういき)』にも見られます。

 引用:京都妙見めぐりhttp://homepage3.nifty.com/silver-moon/meguri/Oct.htm


 やはり、方位の神であることがわかります。
今では、その妙見さんはなくなり、観音堂の観音様と一緒に祭られているそうです。四方に祠があるというのなら、あとの3つの行方が気になるところです。

 また、この山は作畑地域のほぼ真ん中に位置しているので、最近まで、放送のスピーカーが 設置されていたそう。この山、低そうに見えたので、登ってみましたが、半分ほど登ったところから急に傾斜がきつくなり、登ることは出来来ませんでした・・。

 ちなみに、この山のほとんどは杉の木で覆われていますが、近所のおじいさんのお話では「昔は腰丈ほどのつつじで覆われていて、春になると鮮やかな桃色や白色の花が咲いて、きれいやったんやけど、いつの間にか杉の種が飛んできて、こんな山になってしもうた」とおっしゃりました。私はてっきり植林されてこんな山になったのだと思っていたのでびっくり。

ひとつの山にもいろんな歴史があるようです。  
[PR]
by deity_river | 2007-12-10 19:31 | いいつたえ

地元の暮らしの様子や日々思ったことを更新中。なくしたくないものがたくさんあるから。