カテゴリ:ぎょうじ( 55 )

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水無月を作りました。

旧暦6月1日を氷のついたちといい、古くは宮中でヒムロのセチエ(氷室の節会)といって、氷室の氷を群臣に賜る行事がありました。氷を口にし邪気を祓う行事です。

氷室の氷は非常に貴重なものなので、氷をかたどったお菓子が作られるようになりました。
それが「水無月」です。
三角の形は氷を、小豆は邪気払いを表しています。

私は、京都に住みはじめたときに、これをはじめて知りました。
6月30日は夏越祓といって、半年間の除災行事と、残り半年の無病息災を祈って、茅の輪潜りなどを行う日です。今では、その日に水無月を食べるようになったそうです。


水無月は京風のお菓子ですが、このあたりでは年末に作った餅を氷餅といって食べる風習があります。
いまでも、農繁期のお茶請けとして、よく食べられています。

昔は年中行事で、まじないをして、無病息災を祈っていたのでした。
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by deity_river | 2015-06-18 20:58 | ぎょうじ | Comments(0)

てんとう花

うち以外で初めて、てんとう花をやっているおうちを発見!!
本当は5月8日の花祭りの日だけ、おまつりしますが、片付けを忘れていたとのこと。
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by deity_river | 2014-05-11 22:38 | ぎょうじ | Comments(0)

 7月13・14日作畑では観音祭がありました。

ごちそうが届いたら、さっそく、おうちで大宴会です。
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今年は一人ファミリーが増えました。
いとこ半?のアンちゃんです。
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みんなの集う食卓には、観音祭名物のおばあちゃん手づくりの「はらわたもち」です。
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名前はすごいのですが、ただのあんころもちです。
これを食べることで「これから始まる夏を乗り切りましょう」という意味が込められています。


日が暮れるころ、井根橋で子ども会による灯籠流しがありました。
ご先祖様と戦争でなくなった方への供養という意味があります。
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灯籠が壊れずに井堰を落ちたときには大歓声。

そして、観音さまを拝みました。
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金魚すくいにむらがる子どもと大人。
妹は熱中しすぎて、親戚のおばさんに首をつかまれています・・・。
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観音祭がおわると、本格的な夏がやってきます。


どうぞ、Nature Style しんぶん 夏号とあわせてご覧ください~。
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by deity_river | 2013-08-01 22:40 | ぎょうじ | Comments(2)

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何でも畑で取れたものは、はじめは「おいしい、おいしい」といってよく食べますが、毎日食べていると、だんだん飽きてきます。
そして、天気によって、同じ野菜が一気に収穫できます。
そのうちに需要と供給のバランスが崩れて、冷蔵庫に溜まってきて、さらに、冷蔵庫にも入りきらなくて・・・。

はじめはサラダや浅漬けにしていたきゅうりですが、その味にも飽きてきたので、ちがう料理に挑戦しました。

Farmer's KEIKO 農家の台所 (生活シリーズ)

Farmer's KEIKO / 主婦と生活社



今回はこれを参考にしました。

きゅうり4~5本

しょうゆ100cc
みりん60cc
酢30cc

昆布(細くきる)3センチ
しょうが1/5かけ
白いりごま小さじ1

作り方
1、大きな鍋に湯を沸かし、火を止めてきゅうりを入れ、しばらくおく。
さめたらきゅうりを取り出し湯を捨て、再び沸かす。おなじ作業を3回くりかえす。
2、そのきゅうりを1センチ弱の厚さに輪切りして、水気をしぼる。
3、鍋にしょうゆ・みりん・酢をいれて火にかけ、沸騰したらきゅうりをいれてしばらくおく。
さめたらきゅうりをとりdし、再び沸騰さてて、きゅうりをもどす。同じ作業を3回繰り返す。
4、4回目に沸騰させたら、火を止めて昆布・しょうが・ごまを入れてそのままさます。
できあがり。

さますのに時間がかかって、全工程で6時間かかりました。
手間がかかるので、一気に大量のきゅうりを加工されるのをお勧めされます。

本日の朝ごはんにいただきましたが、父と私で半分は食べてしまいました・・・。
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by deity_river | 2013-07-29 22:12 | ぎょうじ | Comments(2)

 このブログを解説して以来、私は作畑に伝わる年中行事を追いかけてきましたが、「七夕」については、今まで触れていませんでした。というのも、今はしなくなっているし、私が小さい頃も、父に採ってきてもらった笹に、折り紙の飾りや短冊をつけて、飾っておいたような記憶しかありません。
年中行事というよりは、現在のクリスマスのようなものでイベントというような感じでした。

 七夕に興味を持ち始めたのは、生野町で「七夕飾り」と見たことでした。
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これを見ていたら、「生野では、昔から、竹竿(またはオガラ)に紙で作った七夕人形をかけておまつりするのが普通と聞きました。私は、そんなものを見たことがなかったので、びっくり!
そして、「この季節に香寺の日本玩具博物館に行ったら、播州の七夕の展示がしているで」と教えていただきましたが、都合があわずに、それっきりで、七夕への興味も薄らいでいきました。

 たまたま、町の教養講座のチラシを見ていたら、その玩具博物館の学芸員の方が「日本の七夕・播磨の七夕」というお話をされるというのを見つけ、聞いてきました。


7月11日。

学芸員の先生の名前が織女(あやめ)さん。
生まれが8月なので、お祖父さんからその名をもらったそうです。名前の通り、七夕の研究をされているそうです。

 私たちは「七夕」と書いて、「たなばた」と読むことに、全く違和感がありませんが、何でそんな読み方になったのでしょうかと改めて問われると、何でだろうとおもうしかありませんでした。
 その一説には、中国から高級織物の技術が伝わり、その機織が棚状の織で「棚織(たなばた)」と呼ばれました。そして、7月7日に棚機とそれを織る機女をまつる星祭が合わさって、七夕と「たなばた」と読むようになったというものあるそうです。

 中国では6世紀に、「乞巧奠(きっこうてん)」という星祭をしていたそうです。女性が綵縷(色糸)を結び、七孔の針を穿ち、あるいは金・銀・鍮石を以て針と為り、几莚・酒脯・瓜果を庭中に陳ね、以て巧を乞う。喜子(くも)、瓜上に網することあらば、則ち以て符応ずをなす(願いが叶う)とあります。
つまり、機織の上達を願うお祀りでした。

奈良時代に日本にも、その文化が入ってきて、天皇家でもされていたそうです。
正倉院にもその儀式の品々が残されているそうです。


 中世になって、平安貴族も乞巧奠をしていました。
いまも、冷泉家では平安時代のままのものをされているそうです。
http://www.iz2.or.jp/rokushiki/7.html
この時代になると、たくさんのものがお祀りされています。
反物、糸、琴、びわ、花瓶には秋の七草、梶の葉(昔はこれに、文字を書いて手紙にしたそうです)・・・。
ここで、目に入るのは、一番手前の角盥です。
そのまま星を見上げるよりも、水にうつり込む星を見るのが、いいのだそうです。
この時代になると、裁縫、手芸、和歌、管弦、立花、書道などの巧(技術)を天の二星に乞う(願う)まつりになったそうです。


室町・南北朝時代になると、「里芋の葉の露を葉のまま包んで入れ、それですった墨で七枚の梶の葉に歌をかいた」そうです。

江戸時代になると、索餅(さくべい)という太いうどんをねじったものかは発展した「素麺」が用いられるようになりました。策餅は古代中国で、7月7日に子どもが亡くなり、それが霊鬼となって人々に病を流行させたが、園子が生前に好きだった索餅をお供えしたところ、病を除くことができたそうです。それ以降、7月7日には索餅をお供えする習慣になったそうです。

そして、今までは、貴族や武家の行事だった七夕が、庶民にも広がり、新しい着物や色糸、たらいに水をはって、梶の葉を浮かべたものなどをおまつりしたそうです。


井戸時代後期になると、七夕の前には机や硯を洗って清新な気持ちで墨をすり、梶の葉、あるいは短冊に詩や文章を書き、書の上達を願う行為が寺子屋教育を通じて、子どもたちの行事に名って行ったそうです。
庭に、床机を出して、そこに初物の野菜など供え、水盤に梶の葉を浮かべ、星を映すこともされていたそうです。

播州地方の田舎では、庭先に2本の笹竹を立て、間に1本の竹(またはオガラ)を渡し、稲や初秋の野菜などを二ずつとり、それぞれマオの糸で結んで一対にし、竹にかけてつるしたそうです。机には大きな野菜や団子、ナスで作った牛(割り箸で足をつける)にとうもろこしのひげを尻尾に見立てたものを置き、金魚鉢に川魚をいれたそうです。


播州の農業が盛んなところは、野菜をおそなえしていたのすが、海辺や生野は、私が七夕に興味を持ったきっかけになった「紙衣(かみこ・かみころも)を野菜のかわりにおそなえしてるそうです。

先生の話では、晩秋の七夕は「秋の実りを祈願する農耕儀礼や盆の祖霊迎えの行事との結びついたしつらえが一般的であるなか、江戸時代の町屋の七夕祭り(祓の行事)の流れを組むものも伝承されているとのことです。


そして、作畑はというと、父や叔母さんの話によると、普段は仏間にある床机を縁に出してきて、ナスで作った馬とともに、夏野菜を並べて、海苔の瓶に水を入れて、採ってきたドジョウやメダカを入れてお供えいたそうです。

聞きながら、お盆のお供えにめだかをたしたものやんか!と思いました。

そして、我が家で七夕行事をし無くなった理由は、おそらく、七夕のお供えとお盆のお供えがほとんど同じで、1週間違いだけなので、だんだん簡略化させて七夕をしなくなったという過程と七夕は子どもの行事なので、子どもがいなくなったという結果なんだろうと思いました。


今回、お話を聞いた織女先生の七夕に関する記事はこちらに詳しくあります。

日本玩具博物館・学芸室
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by deity_river | 2013-07-18 23:14 | ぎょうじ | Comments(3)

重陽の節句と秋祭り

 今年も秋祭りが終わりました。
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今年は、人数が多かったらしい(?)ので神輿はひっぱらず、おうちで、ちょっとした宴会をしていました。
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お腹いっぱい、おはなしもいっぱいしたあとは、私はなぜか、ノンアルコールビールで眠たくなり、一休み。

そして、奉納相撲を見に行きました。
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お待ちかねのもちひろいです。
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私はいくつゲットしたのでしょうか?
くわしくは、みっちゃんブログをごらんあれ。

向日葵日記


そして、おうちに帰りました。
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この前、お盆がおわったとおおったのに、早くも、秋祭りが終わり。
お正月なんてすぐですね・・・。
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by deity_river | 2011-10-13 22:43 | ぎょうじ | Comments(6)

 15日の朝。
早くにおきて、仏壇のお供えを全部、えんげ(縁側)に下げました。
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そして、さいの目よりも細かくきってなすと米をまぜた「うちまき」をつくりました。

新宅のおじさんがきたら、みんなで、下げたお供え、うちまき、線香、鐘をもって、大川(越知川)へ降りました。
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近所のおじさんは、もう送る準備をされています。

わたしたちも準備しました。
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(河原にちょうど、かわいいナデシコださいていだので、それも、一緒にお供え)

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(うちまきをまく)

今年は、わたしがうちまきをつくったのですが、作りすぎたので、川へまきました。
それは、魚への供養の意味になるそうです。

送る準備ができたら、次はお墓とお寺です。
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お墓で拝んで、お寺で拝みました。

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今年も、もうお盆が終わったねと、一息のみんな。


おうちに帰った後は、またしても、甲子園観戦をしながら、またまた飲み会へとなりました。

私は、見送り後の飲み会には参加せず、母の里へ行きました。
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by deity_river | 2011-08-21 23:10 | ぎょうじ | Comments(0)

 14日は、毎年、父方の親類があつまって、バーべキューをします。
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みんなが、元気にあつまって、こうやって、うだうだしゃべりながら、思い話や、世間話に花を咲かせるのはとても楽しいことです。
もちろん、甲子園観戦は絶対です。ラジオを聴きながら、大盛り上がり。
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夜は、交流センターである、盆踊りに参加しました。
わたしが、ひょっこり現れたと同時に「おどって~」と声がかかました。
が、1年ぶりなので、踊り方をどわすれ・・・。

みんなの踊りをちら見しながら、思い出していきました。
私も踊っていたので、みんなの踊っている写真はありません。
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最後は、ビンゴゲームで大盛り上がりでした。
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by deity_river | 2011-08-21 22:55 | ぎょうじ | Comments(0)

 8月13日。
今日はご先祖さまをお迎えする日です。
今年は、おばあちゃんは、花だけ準備をしてくれていて、後は、私が準備をしました。

まずは、迎え団子作りです。
上新粉と柏餅の粉をあわせて、団子をつくりました。普通なら、茹で上がった団子は冷水につけますが、腐りやすいので、茹で上がったら、水分を切って、すぐにお皿に盛りました。
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そして、ナスの馬を作りました。
今年は、間違えずにちゃんと下向きになるように足をさして、尻尾にとうもろこしのひげをつけました。
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その後は、野菜ものをとってきました。
おばあちゃんが「何をとってくるんやったけ・・・?」とつぶやきました。
わたしは、もうすぐ発行されるSalaにお盆のことを書いたので、なんども見返しているので、お供えする野菜を覚えています。私が野菜の名前を挙げていくと、おばあちゃんに「よぅ覚えとるなぁ」とほめられました。

そして、野菜と団子、そうめん、果物を仏壇にお供えしました。
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迎え火の松明を作って、縁側にちょうちんをさげたら、準備は完了です。

夕暮れになったら、お墓にお参りに行って、ご先祖さまを負ぶって連れて帰るようなまねをして、おうちに帰りました。
家に帰ったら、縁側をあけて、ちょうちんに火をともし、迎え火を焚きました。
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ことしも、無事に、お迎えすることができました。
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by deity_river | 2011-08-13 23:48 | ぎょうじ | Comments(0)

花よい団子

 5月8日はお釈迦様のお生まれになった日で、花祭りと呼ばれています。

私が、庭にいくと、おじいちゃんは私がおきてくるのを待ち構えていました。
「はようせんと、お釈迦様がいんでもてやー」といいます。
本来なら、前日の7日に、庭に「てんとう花」というものを立てるのですが、私の都合が悪く、8日にお願いしたのです。でも、私が起きてくるのが遅くて、祖父はかなり落ち着かない様子でした。

 さっそく、祖父母が準備してくれていたシキビ、ホウ、ツツジ、ホウ、シャクナゲを束ねます。
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その中の、ホウは必ず一番上にして、「お釈迦様の傘」に見立てます。

シャクナゲは裏年なのか、まったくつぼみもつかず・・・・
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(そういえば、先日のまたに~千ヶ峰縦走のときも、まったくつぼみがなかったです)

でも、新宅のお庭のシャクナゲは満開。
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粟賀方面から嫁がれたかずみさんの話では、「このへん(越知谷)は前栽にシャクナゲがあるんはあたりまえやけど、粟賀のほうはなかったから、お花になったら、よう売りにきよちゃって、それをかって、てんとう花をしよったなぁ。」とのこと。

そして、庭に立てました。
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(裏からみる)


このてんとう花ですが、昔はどこの家でもやっていたそうですが、おそらく、作畑でもやっているのはわが家だけでしょう・・・・。


 仏さまには、祖母が「七色のおかず」をお供えしていました。
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わらび、たけのこ、だんじ、ふき、にんじん、あげ、木の芽です。


 そうこうしているうちに、10時になったので、お寺へお参りに行きました。
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でも、その行きしなに、新宅のしょーちゃんと出会い、「またに山は作畑ではなんと呼ばれているのか?」の聞き取りをしていたので、10時に間に合わず・・・・。

本堂にあがると、すでに心経は終わっていました。
そして、頂きものから、参加させていただきました。
まずは、花御堂に甘茶をかけました。
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このとき、初めて、花御堂の屋根に正覚寺の「正」が模様として入っていることを知りました。
そして、反対側の屋根には「寺」と入っているが正式だそうですが、忘れられたらしく、何も文字はありません。
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今日は、やまびこ学園の子ども達も遊びに来ていて、とてもにぎやかです。
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そして、それぞれ持ち寄られた食べ物と甘茶をいただきました。
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子ども達は、普段口にすることのない甘茶の味にびっくりしています。
そしたら、新宅のかずみさんが「甘茶は、前栽にほかしたらええでー」と教えくれました。
なんで、庭にほかしてもええんですかときいたら、「昔から、甘茶は、人のよう歩くところにほかしたら、お釈迦さんがよろこんでんやってゆうてんやで。そんなことを石風呂のねーさんからきいたわ」と聞きました。
石風呂のねーさんってことは、祖父の姉だから、きっと、ねーさんは、私の曾祖母から聴いているんだと思いました。
でも、私は、甘茶もおやつも全部頂きました。

くまさんが、お寺の庫裏をみて、「ここでキャンプしたら子ども達大喜びだろうなぁ」とお母さん達に説明されています。
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(あら、写真を見て気がつきましたが、おまいりされているお母さん達の半分以上は井上さんです。)

歓談した後は、解散しました。

子ども達は、帰りに、下村橋の下にこごみがあるから採る!とおおはしゃぎ。それを見守りました。
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わたし、こごみってなんかこわいなぁと思っていましたが(だって、クサ「ソテツ」ですよ!)、調理したものをめぐみちゃんからいただいたら、おいしかったです。


 お寺から帰ってきて、祖父に今日も寝坊してごめんねと謝っていたら、祖母が「そらそうや。昔から『花よい団子』っていうやろ。『花より団子』とちゃうで。『花祭りの日には宵のうちから団子をまつりなさい』という意味やで。」と教えてくれました。
そんなんだれに聞いたん?と聞いたら、祖母は「おばーちゃんも昔は『花より団子』って聞いていたけど、ここにきたら『花よい団子』って、(ここのおばあーちゃんが)ゆうとちゃったなぁ。おじーさん?」
おじーちゃんは「そうやそうや。」といいました。

なるほど。
またひとつ、こうおばあちゃんの言い伝えを聞きました。
そして、今では、どこでも見れなくなった「てんとう花」。
ずっと続けていきたいと思います。
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by deity_river | 2011-05-19 19:32 | ぎょうじ | Comments(3)

地元の暮らしの様子や日々思ったことを更新中。なくしたくないものがたくさんあるから。