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おかざり

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 もうすぐお正月。ということで、今年は「お飾り(注連飾り)」作りに挑戦しました。

 作り方は見た目よりも難しかったです。
束にした縄を6等分してそのうち4つは左右対照のめがね状の縄を作るために綯います。残りのつの束は左右の縄に巻きつけていきます(言葉で説明するのはむづかしい・・・)
めがねになっている縄の右にあるのもは右向きの綯い方、左は左綯います。
そうすることで、ない目が手をあわせてている様にみえるそうです。
 
 できたお飾りに2組の裏白、ユズリハ1枚、みかんと水引、米の穂を飾ると出来上がりです。
 裏白を飾るのは「心の裏も白くけがれのないように」、そして2組なのは「夫婦むつまじく」、ユズリハは「おたがいにゆずりあってくらしていくように。また親から子へ、子から孫へと、しだいにゆずっていくように」、みかん(橙の代用)は「代々家が栄えるように」そして米の穂は「五穀豊穣」の意味があるそうです。
 このお飾りは1月14日の「トンド焼き」で燃やされます。

 参考:足立誠太郎「ふるさとの民話史話」より
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by deity_river | 2007-12-30 23:32 | いいつたえ

正月の準備

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 正月の注連飾りを作るために、藁を打ちました。

 まずは、藁の一番外側のひらひらしたような薄い皮をとります。
全部採り終えたら、元のほうを括っって、穂先のほう2/3を水で湿らせます。
その水を湿らせたところを写真の上にある木の棒で打ってきます。

 この藁は普通の「ただ米」の藁なので黄色いですが、お店で売っている緑色の注連縄は早めに刈り取ったもち米で作っているそうです。

 今年は、注連縄作りに挑戦します!(時間があれば・・・)
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by deity_river | 2007-12-21 20:51 | ふうけい

シタン(スケッチ)

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生野銀山で近くのトロッコ道で見つけた木の実。
祖母はこれを見て「キンピラ」や、って言ってました。よくに庭木に植えられている木です。
「キンピラ」と聞いて、私の頭の中には「きんぴらごぼう」が浮かびましたが、関係はなさそうです…。
しかしながら、祖父母に私が採集してきた木や花を見せて話していると、一般的な名前ではなく方言(?)での名前がたくさん出てくるので、わけがわからなくなります。
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by deity_river | 2007-12-18 23:35 | しぜん

カンキラ

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 本当の名前は「サルトリイバラ」。サルも引っかかるようなというところから名前が由来しているそう。
 どこの図鑑にも載っていないのですが、この地域の人はこの実を食べていたそう。私も食べてみると、すももっぽい(すっぱいりんご)味がします。もう旬が過ぎていますが、10月~11月が食べごろです。
 この葉っぱはちまき(柏餅)の柏の葉っぱの変わりに巻かれていたそう。柏の葉と形は全然違いますが、蒸すと柏の葉とそっくりな匂いがします。
 これはツリーの飾り付けようです。
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by deity_river | 2007-12-17 07:54 | しぜん

堂山(どやま)

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 この写真の山はどこでも見かけるようないいたって普通の山に見えますが、この山と作畑の地域とは深い関係があります。この山の頂上には昔、「妙見さん」が祭られている祠があったそうです。この地域地区の四方にはこういう祠があり、この地域を守ってくださっていたようです。
「妙見さん」について少し調べてみると、

 「妙見さん」の歴史をたどれば、実は北辰あるいは北斗七星を神格化した妙見大菩薩が原型のようです。その姿は北の方角を意味する玄武(げんぶ;大きな亀)に乗っているものが多く、まずは「方角の神様」であるとか「失した物を現出させる神様」として、既に奈良時代には民間の信仰を集めていたことが『日本霊異記(にほんりょういき)』にも見られます。

 引用:京都妙見めぐりhttp://homepage3.nifty.com/silver-moon/meguri/Oct.htm


 やはり、方位の神であることがわかります。
今では、その妙見さんはなくなり、観音堂の観音様と一緒に祭られているそうです。四方に祠があるというのなら、あとの3つの行方が気になるところです。

 また、この山は作畑地域のほぼ真ん中に位置しているので、最近まで、放送のスピーカーが 設置されていたそう。この山、低そうに見えたので、登ってみましたが、半分ほど登ったところから急に傾斜がきつくなり、登ることは出来来ませんでした・・。

 ちなみに、この山のほとんどは杉の木で覆われていますが、近所のおじいさんのお話では「昔は腰丈ほどのつつじで覆われていて、春になると鮮やかな桃色や白色の花が咲いて、きれいやったんやけど、いつの間にか杉の種が飛んできて、こんな山になってしもうた」とおっしゃりました。私はてっきり植林されてこんな山になったのだと思っていたのでびっくり。

ひとつの山にもいろんな歴史があるようです。  
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by deity_river | 2007-12-10 19:31 | いいつたえ

おとごづき

祖父母が住む作畑地区では昔から12月のことを『後月(おとごづき)』といって、後月の1日の日には「おはぎ」を作って神様に御供えする習慣があるそうです。これは今から寒い季節になりますが、この寒さをしのいでがんばりますという意味が込められているそう。今ではこんな習慣がある家は珍しいそうです。
 しかしながらこの習慣は隣の地区へ行くとないらしく、「作畑」にだけあるようです。

また、隣の新田地区では毎年12月5日には焼き餅を作って、神様に御供えする習慣があります。昔からあった習慣ですが、だんだん言い伝えられなくなり、どこの家でも焼き餅が作られなくなった約40年ほど前、新田地区で大火災があったそうです。それ以降、新田地区の家庭では焼き餅を作る習慣が戻ったそうです。

 昔から伝わってることは、ずっと伝えていかないといけないのですね。
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by deity_river | 2007-12-05 23:43 | ぎょうじ

ボタウツギ( スケッチ)

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 生野銀山から銀を含んだ石を製錬所まで運ぶためのトロッコ道を歩いているときに発見した木。
 祖父いわく「5月8日の花祭り(お釈迦様が誕生した日)の頃に花が咲くから、『ホトケバナ』とも言われている」そう。他にも『センマイウツギ』という種もあるそう。特徴はバナナのような種(実?)をつける。
 よく分からないけれど、祖父の話ではウツギの葉と『ネジノキ』の葉が似ているそうです。しかし、『ネジノキ』ってなんでしょうか?祖母は同じ木を指して『ウシノシタ』って言っていましたが…。
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by deity_river | 2007-12-05 23:22 | しぜん

伊勢講

 伊勢講とは「伊勢神宮崇拝という宗教上の目的の為、一定の人が集まり、ともに飲んだり食べたり懇親する社会集団の名。伊勢参りなどのこともその重要な目的。」だそう。

 11月25日、伊勢講があるということで、少し参加してきました。このあたりの地域の伊勢講は隣保ごとにしますが、私が参加した祖父母の家のある隣保は近所の違う隣保に新宅を立てても、その本家が付き合いをしている隣保で伊勢講の付き合いをするそう。(伊勢講以外はその家のある隣保内で近所付き合いはします)。昔は毎月どこかの家で伊勢講が行われていたそうですが、家の数が少なくなり、毎月伊勢講があるわけではありません。どの家にも1年に1回だけまわってくるようになっています。
 伊勢講の日はみんな袴(紋はなし)を着て、伊勢講当番の当たっている家に夜の7時半ごろに集まります。まずは家の玄関先に汲んであるバケツの水で手を洗って、床の間に行きます。
 床には榊と水引がかざってる木箱と御洗米、御飯、御神酒、イリコがお供えしてあります。
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         (床のようす)
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         (御洗米と御米と御神酒とイリコ)
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(箱は伊勢のお札がはいっていて、「オトジヨウ」と呼ばれています)



そして、みんなで祝詞をあげます。

天津祝詞
高天原爾神留坐須神魯岐神魯美乃命乎以氏皇御祖神伊邪那岐命筑紫乃日向能橘乃小戸乃阿波岐原爾御禊祓比給時爾生坐留祓戸乃大神等諸乃柱事罪穢乎拂比給幣清米給閉登申事能由乎天津神国津神八百萬乃神等共爾天之班馬能耳振立聞食世登恐美恐美白須


 これを2回唱えた後は、伊勢講当番の方が一番前に座り、他の方に御飯を御洗米につけて順番に一口ずつ分渡していきます。そして、イリコを1匹渡した後に、御神酒を順番にいただきます。その後は次に伊勢講の当番になる方に「頭渡(とわたし)」をします。これは次の当番の方がほかのかたに順番に熱燗を入れいただいていきます。その後は、みんなで会食会です。今回は寒かったのでお鍋をいただきました。普段はお弁当だそうです。
 
 いまでは、会食会や旅行積立の役割が大きい伊勢講ですが、100年ほど前までは講の代表者が伊勢や元伊勢(丹後)まで歩いていき、お札をいただいてきていたそう。そのときには「鹿島立ち」といって、村に人みんなが見送りにいったり、また帰ってくるときも「酒迎え」といってみんなでむかえたそうです。

   参考:足立誠太郎『ふるさとの民話史話』2004
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by deity_river | 2007-12-02 18:21 | ぎょうじ

地元の暮らしの様子や日々思ったことを更新中。なくしたくないものがたくさんあるから。