今年も、もう終わろうとしていますね。
今年はいろんなことがあった年でした。

そのことは、私の誕生日に1年を具体的に振り返っているので、ここではもう書きません。

こんなこと乗せてええんかなぁと思いつつものせてしまった記事を、ある方に相談しました。
「今は、どうなんやろうと迷って書いたことも、後で見るとええことかいとるなぁって思えるようになる」とアドバイスを頂いたので、あえて残しています。
このブログには心の吐露は載せないことを自分の中で勝手に決めていましたが、一つぐらいはいいですよね・・・。

さてさて、話は変わりますが、今年の初めに、「絵を描くこと」と「火起こし」を頑張るを目標にしていましたが、結果は×。全くしませんでした・・・。(なんて自分に甘い私なんだ!)
けれど、「笑顔でいる」ことと、「自信を持つ」方は6割出来たかな・・・。よし、来年は8割を目標にがんばろう。

明日はいよいよ大晦日ですね。
一年で一番忙しい日になるかもしれません。
私のお仕事もたくさんある模様です。

最近、なかなかいい出来事にであうことなく、レポートの題材が無いので、更新が減ってしまいました。
常に、書けるようにアンテナを張っているつもりです。
しかし、ぼちぼちですが自分の直感で書きたいように更新していきますので、どうぞ来年もよろしくお願いいたします。

こんなブログでも読んでくださる皆様、本当に感謝、感謝です。
良いお年をお迎えくださいね。
[PR]
by deity_river | 2009-12-31 00:13 | ぎょうじ

 12月17日。作畑の山仲間Qちゃんと、かねてから歩きたかった「作畑~生野の旧道」を歩きました。

作畑から生野へ行くルートはいくつかあります。「作畑の吹上から、青草の峠へ行く道」の作畑側の道は歩いたことがあります。今回は、「白口ののぞきのお大師さんから山を越えて青草へ行く道」を歩きました。

 毎回、作畑・生野周辺の山を歩くと、祖父に報告しています。というのも、祖父はかつて、この付近の山々で仕事をしたいたので、とても山に詳しいのです。
そんな祖父から道を指し記す時に、毎回、「馬の背」という地名がでてきます。きっと、この場所は重要なところなんだろうと確信していました。祖父の話では、「馬の背」という場所は、馬の背のような地形で、尾根を歩くと金香瀬方面と作畑方面に行くことができ、その右手と左手には谷があり、北側へ下りると青草へ、南側へ下りると白口へいけるそうです。つまり、今でいう4差路ということになります。この話は、祖父以外にも、たまたま山から下りてきたときにお会いした白口のお母さんも同じお話をされていました。
この場所は、どうやらこの辺りの人にとっては、山を歩く時に目印にしている場所であることが分かりました。更にいうと、祖父の話では、青草へと続く谷を「千道(せんみち)の谷」と呼んでいるそうです。


 車一台を生野ダムの湖畔に置いてきて、作畑の吹上の炭焼き小屋まで戻ってきました。そして、作畑区の炭焼き小屋をスタートにしました。
c0118495_22555986.jpg

 炭焼き小屋の西側の斜面を登って、昔の白口峠の道を歩いていきました。
c0118495_22565434.jpg
(これだけ見ても、草だらけで、どこが入口だか分からなくなってきている)

 まず、私たちをお迎えしてくれたのは「在郷軍人の会の石碑」。
c0118495_22582713.jpg
(祖父の話では、この石碑の付近に水汲み場があったらしいが、それらしき姿はどこにもない。このあたりはスギッパが多く、地面が見えない。)

 そのまま斜面を登ると、作畑の長谷(下村の大歳神社方面)にいける道がありますが、それは行かずに、右の斜面を登りました。すると、昔の「白口峠のお大師さん」の基礎が残っています。
c0118495_2303526.jpg

(今回も、かわらけなどが散乱していました・・・こっちがお堂の正面だったらしいです。)

この白口峠の大師さんの基礎の南側に谷があるのですが(写真でいうと私が写した方向と逆の方。つまり背中側)、その谷は昔の白口峠の道で、ここを下がると白口集落の方へ下りれるらしいです。(この谷を下りると、前にススキを刈った場所のすぐ下の谷にでるそうです)こっちには行かずに、大師堂の背中にある山を登っていきました。三菱の黄色い杭がたくさんある尾根を西に歩くと、だんだん下がってきて、今の白口峠の朝来市と神河町の境目のところに出てきました。
c0118495_2345994.jpg

(両方斜面になっているので、ちょっと恐いかもしれないところ)

 そこから、西側の斜面にある階段を登って、「白口のお大師さん」へ行きました。
c0118495_2361756.jpg

(写真の右のなるいところから歩いてきました。)
c0118495_2373158.jpg

(半年ぶりの「のぞきのお大師さま」。前より、屋根がさらに落ちてきていました。このお大師さまは作畑の井根の足立さんが寄贈されたそうです。)

白口のお大師さんから西へ続く山道を歩きました。ここからは初めて歩く道です。
c0118495_23105790.jpg

(のぞきのお大師さんのところから西の方向を見る。この斜面を今から歩く)

祖父の話では、お大師さんより向こうは道はあんまり残っていないといっていましたが、実際歩くととても歩きやすい道が残っていました。そして、急な斜面歩きが苦手な私でも、普通に歩くことができました。
しばらく歩くと、4つ方向に分かれる場所に出ました。
ここが「馬の背」かー!ととても感動。祖父に言われたとおり、前には金香瀬方面に続く道が、左手には白口の「萩谷」が、右手には青草へと続く「千道の谷」が本当にありました。
c0118495_231568.jpg
(金香瀬方面。こちらは谷が入り組んでいるので、あまり行かないほうがいいと白口のお母さんに教えてもらったことがある)
c0118495_232594.jpg
(1年ほど前、まだやまの歩きをほとんどしたことがない私がこの谷の付近を白口集落から登ってきたことがあるのですが、それは命の駆け引きの激登りでした・・・。谷を見ながら懐かしい思い出に浸る。)
c0118495_2355413.jpg
(今から下りるのはこの千道の谷)
千道の谷にはしっかり道が残っていたので、楽に下りることができました。しばらく沢沿いをを歩いていると、いきなり林道が現れました。その谷に新しい丸太の橋がかけられていることや、林道に車の轍が残っていたので、今でもここで林業がされていることが分かりました。


そして、だいぶん林道を歩き、ダムに近づきましたが、途中、Qちゃんの案で、直接ゴール地点には行かずに、また青草の峠へ戻る林道を歩き、坑道を見学しました。
c0118495_2394469.jpg

(けっこう大きな穴。あまりにもきれいな入口だったので、はじめは壕かと思いました。)
祖父曰く、この坑道のある山道は「七曲の道」といわれていて、このまま尾根向かって歩くと「青草峠」へいけるそうです。ですが、山の斜面が崩落してかなり急な山になっていました。その途中にあった坑道は、祖父曰く「手掘りしていた頃の坑道で、銀や銅や錫を出していた」といっていました。
暗くて、先はみえませんでしたが、入口も手掘りしてあるような感じでした。ところで、なんという坑道だったのか、とても気になります。

坑道を見学した後は、その道を引き返して、朝、車を置いてきた「青草橋」へ帰ってきました。
c0118495_23121182.jpg

(右方向の道から出てきました)

 朝に、車をここへ置きにくるためには、作畑から白口峠を越えて、奥銀谷、竹原野を通って、生野ダムの堤防を渡って、ダムの周りのぐねぐね道を走ったので、かなり長い距離を感じたのですが、作畑の山を越えて、今日歩いた山道を通ると、とっても作畑と生野が近く感じました(地図で見ても明らかにショートカットです)。

少し前まで、人々か作畑と生野を行き来していたという道を歩けて、とても嬉しい一日でした。
しかし、前歩いた時よりも、倒木の数増えて、行く道をさえぎられたりしていて、「人が手入れしないと山の環境が悪くなっていく。そして、山の旧道は歩かないと道はなくなるんだ。」ということをまのあたりにしました。


追伸:今日の発見。
c0118495_231313100.jpg

サルナシ。手に届くところはありませんでした!どうやら、前にQちゃんが独りで来たときに食べたらしい・・・。
[PR]
by deity_river | 2009-12-17 22:07 | ふうけい

c0118495_22493045.jpg


 この夏、あることをきっかけに、心経を覚えようと思い、毎日1回は聖典を見ながら唱えています。しかし、同じような漢字が何度か繰り返されて、なかなか覚えることが出来ません。
 毎日、仏壇に心経をあげている祖母は、「そんなん毎日上げよったら、自然に覚えるわ」といいますが、なかなか覚えれません。(1ページ分は、リズムで覚えました。)

 先日、一緒に山を歩いたTQFさんが、滝の不動明王を前に心経をあげられました。
「どうやって覚えられたのですか?」と聞いたところ、「心経の意味を知って、書いたら覚えられる。僕は写経して覚えた。」といわれていたので、さっそく写経セットを買ってきました。

 最近、文字にも興味があるので、手を使いながら、がんばろう!

けれど、覚えれるのか・・・。あと二ページ半。
来年のお盆までには、ぜひとも覚えきりたいなぁ・・。(一緒に川で拝みたい)
[PR]
by deity_river | 2009-12-14 22:49 | しゅみ

 今年、一年をふりかえると、まさに「疾風怒濤」という言葉がよく似合う年でした。
ちょうど、1年前の私は、それからすぐ後に、おおきな壁がやってくることは全く思ってもいませんでした。

誰もが、おおきいことであれ、小さいことであれ、同じ環境にずっと居続けるということはなく、刻々と日々変化する環境の中で生きている・生かされているんだと強く思いました。

「人の前に出来る壁は、乗り越えられるから、自分に与えてくれるんだ」と昔、人に教えてもらったことがあります。

その大きな壁にぶつかった時、支えてもらったのは、大切な人たちでした。
その支えで、乗り切ることができました。

その壁を越え、環境が変わったとき、たくさんの別れが待ち受けていました。
別れといっても、同じ地球に、同じ日本という国に住んでいるので、永遠の別れというわけではありません。
その環境が変わったときに、私はたくさんの方に支えられていたんだと、涙が出ました。

逆に、別れとともに、たくさんの出会いが生まれました。
それも、摩訶不思議。
人の出会いというものは、どこかでつながっているのですね。
「偶然」というものか、「必然」というべきか・・・。
きっと神様があわせてくれちゃったんですね。


そして、このブログを書いていることでたくさんの人と出会うことができました。
ここで出会わなかったら、絶対に一生会うことはできていなかったと思います。
これもまた摩訶不思議。
世界って小さいんだなーと思う今日この頃です。
たくさんの方に出会うことで、いろんなヒントを頂くことが出来ました。
毎日を楽しく生きているのは、きっとこのブログを通してつながった「縁」のおかげです。


そして、今年は、大切な人とものを喪った年でもありました。
けれど、これも環境が変わったおかげか、最後に私のできる範囲で、お世話をすることもできました。
命と志のバトンをありがとう。


ありがとう。ありがとう。
この気持ちは、いろんな方に、何度言っても言い切れません。

私は、もう四半世紀を生きました。この1年なんてあっという間。
きっと、これからの人生もあっという間におわってしまうのかもしれない。
あとのこり、約3分の2しかない。
そのうちの3分の1は夢の国に行っているわけだから・・・・と考えると、時間って大切やなぁと思いました。

「やりたいこと、やらんと、いつするねん!」とあらためて思いました。

けどね、このままじゃあかんよなーと思いこともあります。
私は自由に生きていますが、家族は私が自由に生き過ぎて心配しています。


自分の中で、24歳と25歳という響きがあまりにも大きすぎたので、こんな変な日記になってしまいました。(あ・・・歳ばらしちゃった)
さぁ、次のステージに行きましょう!
[PR]
by deity_river | 2009-12-12 00:13 | ぐるぐるおもう

山を見上げる。

 昨日、生野へ行く用事がありました。
作畑の吹上から、急な斜面を登って、白口地区を抜けて、細いくねくね道を下りてきたら、生野の猪野々地区です。

猪野々地区まで出てきて、ふと正面の山を見上げたら、山が崖のように切り崩されている景色が見えました。

今年の10月にあそこをあるいたんだと思うと、「よくやったな、私」と、自分でほめてしまいました。
c0118495_21573074.jpg

(猪野々から西を見る。真ん中の山が崖になっている。)
[PR]
by deity_river | 2009-12-11 22:00 | ふうけい

注連飾り作り

 祖父母は、早くも、たくさんの注連飾りを作っていました。
親戚、近所に配るらしいです・・。
c0118495_223333.jpg


c0118495_2234052.jpg

この右側の「ごぼう」のタイプは最近になって作り始めたらしく、家に昔から伝わっている形ではありません。店で売っていたものを参考にして、作ったのが始まりだそうです。それまでは、長い縄を玄関口にぶら下げて(はわして)、ところどころに御幣をつける簡単な形でした。
(但馬生まれの母は、うちは昔からこの形だったというので、この形は但馬からやってきたのでしょうか?)

いまは、近所のどこのお店いってもこの形が主流になっています。

3つの藁の束をねじったものの間に3本×2本ずつの細い縄をねじこみ、編みこみながら、立ち上がっているところが非常にむずかしく、二人で「あーでもない」「こーでもない」といいながら、作っていました。しまいに、「さっきのんはうまいことできたのに、これはできひん。あー、頭がおかしくなりそう。」といっていました。

たくさんの注連縄作りお疲れさまでした。
[PR]
by deity_river | 2009-12-10 22:08 | しごと

 12月5日。再び、やまあそさんに誘われて、生野の法道谷を探検しました。
この日のメンバーは、10月に生野の古城山~釜床山を一緒に歩いたやまあそさん、PSWさん、OLCさんに加えて、地元奥銀谷の子ども達4人と、ドイツから来れているエマさん、OAPさんTQFさんわーさんたらさん裏人さん、途中までやまごさんでした。今回のメンバーは、それぞれいろんなところから集まって、年齢もバラバラ。きっとやまあそさんつながりでないと知り合えなかった方々です。(初心者は私ぐらい??)

法道谷へ行く前に、上生野の法道寺があったらしいといわれている付近を見学しました。
いまは、ボートのりばになっていますが、そこに大日如来さんをお地蔵さんがいらっしゃいました。
c0118495_21161629.jpg

(ダムにつかる前の上生野で働いていたことがある祖父曰く、この大日如来さんはもう少し下のほうにあったそうです。水につかってしまうので、この場所まで引き上げたれたそうです)
c0118495_21171218.jpg

(上生野ダムにいらっしゃる弁天さまの説明)

 まえ、生野の上生野へ行く途中に見た看板はスタート地点。そこから沢沿いを歩いていきました。
c0118495_2145349.jpg

(祖父曰く、この看板の手前にある橋の下か、もう少し上流に法道寺があったそうです。しかし、上生野がなくなってからは、しばらくは生野の寺町の同じ宗派のお寺に仏像などが預けられていたそうです。、いまは、上生野の方が集団移住されている円山にお寺が建てられたので、そこに持っていかれたそうです。)
c0118495_2182718.jpg

(澄んだ沢を左手に見ながら歩く)


歩き始めてしばらくすると、1の滝を見ることができました。
c0118495_21101569.jpg


そして、観音さまがお迎えしてくれました。
c0118495_2113353.jpg

(昔は、もっと山の奥にあったらしいです。少し前までは、上生野の方がお参りにいらしゃっていたそうです)

つぎは、2の滝。
c0118495_212017100.jpg


最初の目的地である法道仙人が修行したといわれる祠を見学しました。
c0118495_2122676.jpg

(法道仙人は、この祠で修行され、3体の観音像をお祀りしたそうです)

その横の大きな岩には、ロッククライミングの形跡が・・・。
c0118495_21225627.jpg

c0118495_2124049.jpg

(すごいね!私は山道を歩くだけでも、ひーひーなのに・・・笑)

この崖を迂回して山を登ったあとは、川を歩きました。このあたりの岩盤は固いので、川の底は「なめら」になっています。このなめらはありがたいことに、ぬめぬめしていないので、とっても歩きやすかったです。
c0118495_21275835.jpg

そして、次にめざすは「もっつい山(持継山)」。
ピーク付近は、とても勾配が急で、私はストックを借りて、ぼちぼち歩いていきました。
途中、下を見ると(見てはいけないのですが)、あまりの高さに恐くなりました・・・。

やっと山頂に。
c0118495_21293890.jpg

大人は、ラーメンを作っています。
c0118495_21313847.jpg



そして、下山して、もっつい(持継)の滝を見学。
c0118495_21332348.jpg


最後は、直谷の滝。
c0118495_21342086.jpg

c0118495_21351461.jpg

c0118495_21381269.jpg

(巨大な倒木で少し分かりにくいのですが、この木の下には、滝の力で、岩盤の上にあった石がぐるぐる廻ることによってできた穴がありました。なんでしたっけ??)


やっと、みたことのある風景に戻ってきました。
c0118495_21362472.jpg

おつかれさまでした。

追伸:今日の発見。
c0118495_21405764.jpg

ケンポナシ。たくさん見つけました。みなさんは、バナナのようだといわれていましたが、私は干し柿の味がしました。


追追伸:私が毎回山歩きで着ているオレンジ色の服は「スポーツクラブ21作新」のウォーキング部のおそろいの上着です。
c0118495_21474771.jpg



 今回は、本当に、この山歩きでないと出会えないような方々と山を登れて、とっても嬉しかったです。
ほんとうにありがとうございました。



 山を歩けたことも嬉しいですが、実は、祖父も昭和20年代にここをあるいて山の仕事をしていたそうです。
平成20年代を元気に生きる私が、祖父と同じところを歩き、そして、同じ風景を見ていたことに、嬉しくなりました。
[PR]
by deity_river | 2009-12-08 22:59 | しゅみ

母の味

 私の中で、「母の味」のベスト3を挙げるなら、こうなります。

1.つくしの佃煮
2.いかなごのくぎ煮
3.柚子のマーマレード

「つくしの佃煮」
小さい頃につくしの佃煮を食べて、その甘さに感動して、春になると我先にと摘みにいきました。
母にはいつも、「摘んできたものは全部自分でハカマとボウシをとったら料理してあげるからね」といわれ、一生懸命たくさん掃除しました。しかし、料理が出来上がった料理をみると、「これっぽちかー」とぼやいていたものです。そのたびに母に「美味しいものほど手間隙かかってすこししか出来ないんやでー」と教えてもらいました。

「いかなごのくぎ煮」
これを作り始めたのは最近です。母の生まれた但馬地方にはくぎ煮はありません。しかし、このあたりの人は作るのはあたりまえと聞いた母は、(春になるとスーパーでは新鮮ないかなごの争奪戦になります)、レシピとにらめっこをしながら、夜、みんなが寝静まった後に、甘いにおいを漂わせながら作っていました。その姿を思い出します。

「柚子のマーマレード」
合併するまでの旧・神崎町の特産物の代表は「柚子」でした。小学校の授業で、町の花は「あじさい」ですが、町の木はなんでしょう?と先生に聞かれた時に、私はおもいっきり自信をもって「柚子」と答えてしまいました。
まさか、杉が町の木だったなんて・・・!そのときは「きんま引き」や「線香」のことは全く知りませんでした。
私が勘違いするほど、旧神崎町は「柚子」を宣伝していて、たくさんの人が柚子を作っていたので、自然に柚子を頂く機会が多かったのです。その中のマーマレードがお気に入りです。母もたくさん作ってくれましたが、毎度、味が違う。色が違う。硬さが違う・・・。
そんなこんなで、最近は柚子のマーマレードは人から頂いてばかりでした。(頂く方によって全く味が違うのもふしぎです)しかし、今年はあるルートで「美味しいマーマレードのレシピ」を頂きましたので、産直で買ってきた柚子を使って挑戦しました(なんと一袋100円の安さ!)。忘れないようにここに書いておこうと思います。

<柚子のマーマレードの作り方>
ゆず:5~6個(小さければ7個ぐらい)
砂糖:1kg

1.柚子を洗う。きずの部分は皮をむく。
2.半分に切る。
3.切った柚子をボールの上で搾る(種はのける)
4.搾った柚子もずもいっしょに小さく刻む
5.ホーロウ鍋に3と4を入れる。
6.その上に水をひたひたぐらいいれる。
  ポイント 水が多すぎてもいけない
7.一晩つけておく、そして、コップ1杯の水をたす。
8.さらに、一晩漬けておく。(7・8で48時間漬けておく)
  ポイント この時、もたっとしていると少し水を混ぜる
9.砂糖を1kg入れる。
  すこし多いようだが柚子の酸っぱさとでいいかげんになる。
10.ガスの強い火で5分炊く。
   ポイント この時、砂糖が溶けるまで混ぜる・途中焦付かないように気をつける。
11.それから、ガスの火を一番小さくして1時間10分ぐらい炊く
   ポイント 強い火で炊かないこと、ぐらぐらと煮えるような火は強い
         時間については、あまりこだわらなくてよろしいです
         それでも、1時間ぐらいは炊くほうがいいと思います。
         あくがでるので、取る。
12.これ以上炊くと色が濃くなる。
   ポイント 焦げつくこもとある
13.さらさらとしているようだがさめると、いいかげんになる。
   ポイント 一晩おいて様子を見る。まださらさらしているようだとすこし
         砂糖を入れて、よくまぜて火を入れる
☆これで、とっても美味しいマーマレードの出来上がり。
 ビンにいれて冷蔵庫で保存。 1年は食べられる。



ということで、3日間かけて作ったものは柚子のマーマレードでした。
(金曜日の夜に仕込んで、今日の夕方に良いとろみになりました)
c0118495_23593765.jpg

母にも美味しいと喜んでもらいました。
しばらくの間、おやつは柚子のマーマレードをのせたパンになりそうです。
[PR]
by deity_river | 2009-12-07 23:04 | しょくじ

c0118495_022410.jpg

うまくできれば、レシピとともに公開しようとおもいます。
(鍋と蓋がちぐはぐなのは、つっこまないでくださいね・・)

しかし、今は下準備。明日も下準備。

出来上がるまでに、3日かかります。

レシピをちゃんと守ればおいしいのができるそうです。

なんでもええ加減(良い加減)に味付けてる私が、ちゃんとレシピをみるなんて、びっくり!

今はまだ守れていますよ。
[PR]
by deity_river | 2009-12-05 00:02

山と川のあいだで

この高い山とちいさな川のあいだに広がる世界を

歩く。見る。聞く。におう。触れる。しゃべる。

そして、感じる。


ここに息づく命、暮らし。

「いままで」そして、「いまから」を

「縦」と「横」を紡ぎだす。



山と川のあいだで生きる

私とつながる越知谷の物語。


***
最近、このブログをなぜ「山と川のあいだで」と名づけたのかと、手持ち無沙汰になったときに、考えてしまいます。
シンプルだけど、広がりのある言葉にしたかったのです。
コンセプトだけは決めいていたのですが、それに合った思いだけで閃いたタイトルには実は続きがあったのでした。
ただそれが言いたかっただけです。

けれど、ここで文字にしたことは私の今の気持ちの半分も出し切れていません。
これからもたくさん学んで、自分が納得いく表現が出来ればいいなぁと思います。
[PR]
by deity_river | 2009-12-03 22:48 | ぐるぐるおもう

地元の暮らしの様子や日々思ったことを更新中。なくしたくないものがたくさんあるから。