夏の風物詩

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玄関前に並んだ、ウォーターシューズと川遊びセット・・・。

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そして、フェンスにかけられたカッパとうきわ・・・。

 
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そして、お久しぶりですATMAN
「動けば変わる じぶん維新」なんて、めっちゃいい言葉です。
あのころは、いろいろ疲れていたけど、気軽に少しだと楽しめました。
やっぱり子ども達はかわいいなー。
久しぶりにあった子ども達から「ともちゃん!ともちゃん!」と呼ばれて、嬉しかった。

私はここからはじまったんやと思いました。
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by deity_river | 2010-07-29 22:23 | ふうけい | Comments(2)

 先日、友達と生野銀山にリフレッシュしに行っているときに、偶然掲示板でこんなチラシと出会いました。
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これは、おもしろそうな予感です。
さっそく、飛び入り(?)で参加しました。

夏休みなので、生野中学校や大河内中学校の子ども達も参加していました。意外と大人数でした。
講師は伊藤さん。
伊藤さんは80歳を越えられていますが、とてもお元気です。
若い時から、生野銀山で働かれ、目を瞑ってあるいていても金香瀬の坑道内で自分のいる場所が分かるほど、とても詳しいそうです。現在は観光坑道のガイドをされています。

まずは、銀山の専門用語などの解説から。
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(そのテキストの一部)

そして、途中、坑道内で実際に使っていた道具たちを見ました。
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右がキューレン。ダイナマイトを入れる孔に残っている石をとりだしたり、爆発させた後にダイナマイトが残っていないかさがすそうです。
左がロッド。のみだそうです

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これはカンテラ(ガスランプ)だそうです。みんな鉱山に就職したときに支給されたそうです。三時間しかもたなかったそうです。

それが、キャップランプになったそうです。
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8時間連続して使えるようになったそうですが、とても重いので、大変だったそうです。

また、テキストの内容に戻りました。

生野銀山の鉱脈は、金香瀬を中心に、太盛地区と、青草地区の3つに分けられるそうです。
青草地区は、白口が中心で、金香瀬(の4番坑やったかな・・)とつながっているそうです。そういえば、白口のお母さんが、白口の若林坑を通って金香瀬に出勤していたってきたことがあるなーと、記憶と繋がっていきました。
青草に、そんなに坑口があるような感じがしませんでしたが、たしかに私は青草のほうで大きな坑口を見たことがあります。

1200年前に発見されてから、にぎわった生野銀山も、続く戦争が終わり、「貿易の自由化」と、「よい鉱石がとれなくなってきた」ということと、「山刎(は)ね」という現象のために、昭和48年に閉山されました。
江戸時代の坑夫さんたちは、お茶碗1杯の銀を掘ると、3人家族が1ヶ月生活できたそうです。(それほど質のよい銀が取れたということでしょうか)
「山刎ね」という現象は、講師の伊藤さんがとても詳細に覚えておられました。昭和45年の1月27日のことで、33番坑~35番坑でおこったそうです。
坑道には外側から盤圧というものがかかり、それに対して、内側から応力というものがかかっているそうです。その応力が開放され、ダイナマイトで発破させたときのようにくずれる「山刎ね」がおこったそうです。
 私が生まれる10年ぐらい前までは、にぎやかやったんやなーとおもうと、寂しかったです。(私はもちろん観光化された姿しかしりません)


最後は、実際に坑道内を歩きました。
ついこの前きたばっかりですが、伊藤さんのお話を聞きながら歩いていると、当時の坑道内の様子がひしひしと伝わってきました。作業の音が聞こえてくるような気がしました。そして、知らずにすーっと抜けてしまった見所も教えてくださいました。
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(観光坑道でみるこの人形もなんとなく見ていただけでしたが、「シュリンゲージ法」という採掘方法だそうです)

そして、一番奥の発破のコーナーへ。
穿岩員という仕事は一番御給料がよかったそうですが、それは最も危険な仕事であったそうです。
穿岩機で孔をあけて、火薬をいれて発破して、鉱石を取り出す仕事をする方です。
伊藤さん自身も、間違えて発破をかけたところに遭遇したのか、してしまったのか、出会ったそうです。余りにも音がすごくて、しばらく目も耳もおかしかったそうです。
発破をするときに失敗して、何人もの方がお亡くなりになったそうです。発破なので、もちろん体も発破されてしまい、ビニール袋に1袋分の体を集められたらよいほうだったそうです。そして、その場所はしばらくは悪臭がして、とても辛かったそうです。
そんな、生々しいお話もお伺いしました。

ぼーっと観光していては見れない貴重な現場のお話を伺うことができて、ほんとうに興味津々でした。


 偶然、今回の銀山塾でお会いした中学校の先生が子ども達と精錬の研究をされているそうです。
祖父の話では、ひいおばあちゃんのお父さん(私から見ると高祖父)が、作畑の吹上の奥で精錬をしていたそうです。祖父の話では、ふいごが楽しくて、学校に行かずにしてたそうな・・・・。
なんど考えても、私の中で炭で精錬できるのが不思議で仕方ないです。

参加賞として、頂いた鉱物(説明がないので、何の成分か分かりませんが・・・)も精錬できるのかな?と気になっています。
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(頂いた鉱石と食用銀箔)

 また、親類のおいさんは、炭焼きをしていて、炭焼いては白口に売りにいき、売れなかったら奥銀谷にまで売りに行っていたそうです。私は銀山と直接関係はありませんが、銀山を中心として、とりまく衛星町の人として、浅からぬ縁を感じます。(そういえば、私が坑道見学している時に、協議会つながりの奥銀谷の迷コンビ?をみたなぁ・・・。)
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by deity_river | 2010-07-29 00:07 | しゅみ | Comments(0)

今も残る上生野の風景

 少し前、誠太郎さんちにお伺いしたときに、上生野の写真集を見せていただきました。

ずっと前に、お借りしたことがあるのですが、そのときは上生野について、ほとんど知識がなく、本に載っている今はたきわら(竹原野)に住んでおられるの井上製材所と祖父のお姉さん2人の嫁ぎ先(現在は駅裏と小野にそれぞれ移住)の家族写真ぐらいしか分からなくてに、そのままお返しました。(父に見せると、父は上生野ダムになる前の町によく遊びにいっていたので、なつかしいなぁと一人でいろいろ言っていましたが、よくわかりませんでした)

ぱらぱらとめくると、あれー?!なんか見覚えのある石仏が・・・。
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これって、この前、上生野ダムのボートのりばでみた大日如来さんと地蔵菩薩さまやんか。
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そして、このお地蔵様は法道谷を歩いている時にお会いしたなぁ・・・。
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この滝も上のお地蔵さま近辺を歩いているときにであったなぁ・・・。
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いろいろなつかしかったです。


そして、これは、何を写したのか思い出せません・・・・。
法道寺やったかな??
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ただ、ぺらぺらと写真を見ていても、なかなか頭にイメージが残りませんが、実際に自分の足で歩いて見た風景だと自分の記憶の中の風景とよく結びついて、しっかり頭に残りました。
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by deity_river | 2010-07-28 23:42 | ふうけい | Comments(9)

後世に伝えたいもの

 山を越えてとなりの生野町の昭和29年ごろまで、地域の方からうっちゃまさんと親しまれていた「内山寺」というお寺があったそうです。
 わたしは、伺うまでまったくそんなお寺のことを聞いたことがありませんでしたが、かつての参道を歩いていると様々な方から寄進された石仏が点々とのこっています。(レポートはこちらこちらから)

 2回目に参加した時に一緒にあるいた守蔵さんが、文章にまとめられたので、それを頂きました。(すみません、守蔵さんから私の水もとへやってくるまでに4人の方にリレーしていただいたので先日やっと届きました・・・)

石仏の写真をみて、「これこれ、ウチ途中で出会ったなぁ」と懐かしくなってきました。
歩いていると途中に石仏に刻まれている文字を解説していただいて、どこの、どんな、だれそれさんが寄進されましたなどたくさん説明した頂きましたが、なんせ数が多いので、半分も理解できませんでした。しかし、頂いた資料を見ていると、そんな説明もされていたなーと思い出してきました。

あとがきを見ながら、守蔵さんは本当に石仏のことが好きで、そして、奥銀谷このことを大切におもっておられるんだなぁということがよく伝わってきました。

ここで書かれていたことは、本当に貴重なことばかりです。石仏は風化が激しく、文字が見えないものや、割れているのも多かったと記憶しております。それを後世に残すために文字として残すことは後世の財産になると思います。
私も、記憶を記録したいと思い、このブログを書いています。
「文字としてのこしていなければ、忘れ去られていくことがたくさんあり、そのうち消滅してしまう」ということを、いろんなところで感じます。(先日、PSWさんファミリーのお話を聞いている時にも、そう思いました)


読んでいるうちに、いろいろと考えさせられました。
みんな、自分の住んでいる場所がすきやから、誇りにおもっているから、それが原動力になっているんやと思います。わたしもそうです。
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守蔵さん、本当にありがとうございました。

 頂いた資料をみて、そのうち、内山さんにいって、○○○○をしたいなぁと思います。あ、そのときに秋葉さまも拝まないと。
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by deity_river | 2010-07-28 23:16 | ぐるぐるおもう | Comments(4)

私の大好物

 最近の食卓には、家で採れた無農薬の夏野菜達がならんでいます。

最初にとれたのは、きゅうり。
それから、なす、ピーマンにトウガラシ。
ゴーヤに、オクラに、大・小・赤・黄色のトマトたち。
そして、今日はいよいよ私の大大大好物のまくわうりが食卓にやってきました。

父が「まくわうりできてたで~」といって、もって帰ってきました。
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やった~。
真黄色になっているので、中身も完熟しているような感じです。


さて、冷やそうとおもい、持ってみると・・・・。





ありゃ、先客にかじられていました。
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私のまくわうり~。
ほかの、野菜やったら鈴なりやし、そんなに食べきれないから食べてもらっていいのにー!!

動物さんたちもよく知っています。
夏野菜の中で、特に甘くておいしい野菜であるということを。


けど、そこを落として、他の部分はちゃんと頂きました。

お味は、ちょっと素朴なかんじ?
まぁ、甘かったです。

これから、まくわうりの収穫が楽しみです。

けど、それは人間と動物達の攻防戦です(笑)
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by deity_river | 2010-07-27 23:18 | しょくじ | Comments(4)

観音さんの日のごちそう

 観音祭の時にはいつもご馳走を作ります。

今年は、巻き寿司に
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(私はきゅうりを採ってきて切っただけですが、自分で畝から作って植えたきゅうりのですので愛着があります)

天ぷらの盛り合わせ
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(私は材料を切って、かしわのから揚げの下ごしらえ)

そして、メインの「土用のはらわた餅」
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(私は餅つき機の手入れをして、つきあがったお餅にあんこときなこをまぶしただけです・・・)
おばあちゃんはつきたての餅の中に涼しい顔をして普通に手を突っ込んでいます・・・。
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(私は、さすがにこれは熱すぎてできひんかったわ~)

 おばあちゃんは、毎年、観音祭で作って、観音さまにお供えします(今年は出来ず・・・)

土用のはらわた餅は、「これから暑い日が続きますが、これを食べて夏を乗り切りましょう」という意味を込めていただきました。

どれも美味しかったけど、なんか炭水化物が多くてすぐにお腹がいっぱいになりました。
これ以外にも、普通に白ご飯が準備されていました・・・・(さすがに食べれなかったです)

越知のミヨおばちゃんのおうちにもこのご馳走をおすそ分けすると、「作畑はいつも観音さんの日はご馳走やなー」ってとても喜ばれていました。
お腹いっぱいになるし、かわるがわる出会う親戚のみなさんと一緒にお話ができて、楽しい一日でした。
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by deity_river | 2010-07-23 23:25 | しょくじ | Comments(4)

観音祭の夜の日に

 観音祭の夜には、いつも心経をあげて、御詠歌をあげて、観音経あげて、その他のたくさん合祀されている神様を拝んで・・・としているのですが、今年は心経だけだったので、その時間に地域のおじいちゃん達にいろいろお話を聞きました。

 まずは、しょーちゃんから。
しょーちゃんはおじいちゃんの一番下の弟さんで、観音総代をされているので、いろいろ詳しいです。

 しょーちゃんから「昔、学校(今の交流センター)に観音堂があったんやけど、昭和11年にこの場所へきたんや。こんとき、今の観音堂がある場所は『オオドウさん』ってゆわれとったんや。」と聞きました。
私が「ホウドウ?」と聞きなおすと「いや、オオドウ」。「そのオオドウさん?って何?」って聞くと、「そんなんしらんのんやー、うちのおじー(私から見ると曽祖父の千代蔵さん)がそんなん詳しかったんやけどな。おじーは、いろいろワシらに語ってくれよったんやけど、『また、おじーがなんかいいよる』って、ちゃんときいとらへんなんだんや。」って言われました。
そこ、大事なところ!気になるんですが・・・・。

けど、実際、いろいろ聞き取りをしていると、実の親子関係から昔話を聞き取ることはあまりりなく、一つ離れた世代から聞き取りことが多いみたいです。(私が実際そうです)

誠太郎さんの『ふるさとの民話・史話』には、「阿弥陀堂でした」と書かれています。
阿弥陀さま=オオドウさん??これは気になるところです。

(さっき、誠太郎さんの本を読み直すと「大堂とよばれていました」。と書かれていました。大堂は「ダイドウ」と読んでいました・・。本当は「オオドウ」と読むそうです)

それに、しょーじさんは「この観音堂の天井裏には、お堂(学校に観音堂があったときのお堂やったかな・・・)の焦げたのんがあるよと教えていただきました。それは知らんかった・・・・。


 しょーちゃんから観音堂のお話を聞いた後に、心経をあげられた富大工さんに、一緒に合祀されている妙見さまについてお話を伺いました。
観音堂には2体の妙見さまがお祀りされているのですが、そのうちの上の方が、堂山の妙見さまのお堂に尾お祀りされていいたそうです。下の妙見さまは、後からこさえられたそうです。
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そんな、妙見さんの前では、南無阿弥陀仏ではなくて、法華経を唱えらます。妙見さんは神さまやそうです。(知らんかったよ、私)
神様なので、前に祀られているのはシキビではなくて、「サカキ」だそうです。
そんなお話をしているうちに、富大工さんが妙見さんの前に垂らしてある布をぺらっとめくられました。
何かあるんかなーと見ましたが、何もありません。
富大工さんは一枚の板をさされまいた。
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「この板わかるか?普通は板は株の方が下にして、枝のほうが上になるように板をはるや。けど、これ、逆なんや。株のほうが上にきとる。ということは『逆か木』なんや。」
そういわれたときに、私は意味が分かりませんでした。けど、一緒に聞いていた方が「なるほど~!」といわれました。

木が上下逆=逆か木→サカキ→榊!!

それを聞いて、なるほど~!!ようやく分かりました。
これは神さまやから、榊を立てなさいという意味です。
富大工さんのおじさん(やったかな・・・)も大工さんをされていて、現在の観音堂検察に関わっておられたそうです。そのおじさんから聞かれたそうです。
これは、自分の中で、すごい発見です。

そして、富大工さんなら、前々から気になっていた、「妙見さんと鉱脈のお話」をなにかご存知では?と思って、「妙見さまが祀られていた堂山には鉱脈があるかどうか」をだめもとで聞いてみました。

すると、富大工さん、「昔から、妙見さんがお祀りされているところは金がでるとこっていわれとるなー。この堂山も昔はそうやったかもなぁ。」とのこと。えー!!ほんまですか~。
ほんで、毘沙門天がお祀りされているところも鉱石がでると聞いたことがあるんですけど・・・と話を続けると、
「そうや、毘沙門天さんも鉱石と関係ある」って言われました。

うちのおじいちゃんも知らんこんなお話を富大工さんはご存知でした。しかし、ちょっとお酒が入っていたので、これ以上聞き出せませんでした・・・。

けれど、かなりびっくりな夜でした。私一人で、夜の観音堂内で、興奮していました。
また、読みます、鉱山民俗学の本。
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by deity_river | 2010-07-22 23:43 | ぎょうじ | Comments(2)

 いつもコメントを頂いているhideさんからのコメントでやっと思い出しました。
「観音祭が終わらんと、梅雨があけへんで」という言葉は小さい時から、祖母からよく聞いていた言葉でした。それに、あるお母さんからは「雨観音ってゆうな、観音祭の日はよう雨がふるんや」と聞きました。
確かにそうです。去年はすごい雨でした。観音祭で恒例の灯籠流しも、大丈夫やろうかーと心配する声をよく聞いている気がします。しかし、今年はちょうど観音祭の日に梅雨があけて、「晴れ観音」でした。
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(今年寄贈された観音さまの旗です。真っ青な背景によく映えています)

 観音祭は、毎年7月17日、18日に行われ、この時だけ、年に一度の御本尊のご開帳されます。(毎月17日には観音講が行われていいますが、このときはご開帳されません。)
昔は17日18日を決まっていましたが、連休の関係で、最近は7月の海の日を含む連休のどこかで行われます。今年は18日と19日でした。

 観音堂が開かれたら、さっそく1年ぶりとなる観音さまを拝みに行きました。
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(お久しぶりですね、観音さま)
私が行く頃には、観音総代さんたちと観音講当番の方はすでに準備を終わられていて、番をされていました。(準備の様子は去年のものを見てください)
そして、はじめまして、四天王さま。去年、私は恐くて、四天王さまを写真におさめることが出来ませんでした。ようやく、1年越しにやまあそさんからの宿題を完了しました。
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(四天王さま、何度見ても、恐いです。さすが、観音さまの門番です。いつもは四天王さまの前には水色の垂幕がかかっていて、足しか見ることは出来ませんが、しょーじさんが、今年は観音さんを守っとっちゃる四天王さんの顔も拝んじゃってーっと、水色の幕をあげられました。)
さてさて、その四天王さま、普通はお顔の色が黒、青、赤、白とやまあそさんから聞きました。けど、作畑は白、赤、緑、青です。何故でしょう?けど、観音堂内にある四天王さんの説明には、きっちり「四方向を守る四神」と書いてありました。
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(これは足立準次おじさんが書かれたそうです)


 夜には、まず、灯籠流しが「ゆね(井根)橋」付近で行われました。
私の小さい時は、井根橋と下村橋と毎年交代で行われていたと思います。
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(この灯籠は、子ども会と老人クラブのミニデーで作られました)

灯籠流しを見た足で、そのまま観音堂へ行きました。
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昔は、観音祭の時には、芝居や踊りを方を呼んで盛大にしていたそうです。私の小さい時には福引もありました。けど、今は大変なので、個人の方と消防団の方がお店を開かれています。芝居や踊りの方がこられていた時は、着替える場所がないので、観音堂のすぐ下にあるウチの家が控え室になっていたそうです。そして、中には寝泊りしている方も・・・。それも昔のお話です。

夜も更けてきたところで、観音祭のメインの「御詠歌」をあげる時間になったのですが、どうやら、御詠歌と観音経をあげられる方が誰もいない??去年は祖母が先達をしていましたが、祖母はちょっと体調不良。そして、村一番のはーちゃんさんも体調が悪いとこのこと・・・。(翌日に偶然お会いしたら、「今まで観音講はぜっぺい行くのに、今年は行けなんだことが悔やまれるわー」と言われていました。)

なので、今年は足立の富大工さんの元で心経を3回上げて終わりました・・・。
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(夜の観音さまと四天王さま)

心経終わったあとは、観音講に特に熱心なお母さん達から昔話をいろいろ聞いて、それぞれ解散しました。
けど、観音総代と観音当番の方々は寒いのに、観音さまが何者かに盗まれないように、寝ずの番です。ご苦労様です。結構遅い時間まで、私の寝ている部屋まで、声が聞こえてきました。



 翌日の午後からは「村祈祷」です。
朝は村祈祷の準備中です。村祈祷の時には、観音さまの前に村祈祷用の掛け軸がかけられます。
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(何の絵やろう??)
こちらでは、女性が村祈祷の後に頂くおさがりを準備されていました。
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(六体地蔵さまの前です)

昼過ぎに、みんな集まり出し、岩屋、越知、大畑のおしょうさんを招いて、拝まれました。
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みんなで、心経を3回唱えてから、観音経をあげられました。そして、大般若波羅蜜多経の虫干し作業へ。
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これは、男性の役割です。女性は経典に触れてはいけません。
みんな経典をぱらぱらーと振って(めくって?)、虫干し作業をされていました。

最後は、みんなでお下がりを頂くのですが、私は用事でおうちに帰りました。


 この2日間は、たくさん拝んだ日でした。
観音さま、どうか家族みんな、親戚中も、元気に長生きできるように、家の裏からお見守りくださいねー。
観音祭が終わったら、いよいよ夏は本番です。
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by deity_river | 2010-07-22 22:58 | ぎょうじ | Comments(2)

川原のおばちゃんと鯉

 ふと、田んぼの方をみてみると、川原のおばちゃんが、田んぼの中をじーっと見つめていました。そして、手にはザル・・・。

何してはるんやろう??

聞いて見ると、田んぼで育った鯉をおばちゃんが一生懸命すくっていたそうです。

その日の晩にある観音祭の金魚すくいに入れてあげるんだとか・・・・。

鯉の方もおばちゃんのザルから逃げようと必死でした。

おばちゃんと鯉との格闘。
見ていて、ちょっとおもしろかったです。
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(ほらほらあそこに鯉がかたまっとるよ!と指さす川原のおばちゃん)
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by deity_river | 2010-07-21 22:58 | ひと | Comments(2)

荒神さまのサカキ

 おばあちゃんに頼まれて、荒神さんのサカキを立てました。

私が、普通にお花を生けるように筒に生けていたら、横でみていたおばあちゃんが「ちがう!ちがう!」と待ったをかけれらました。

何がちがうん?と聞くと、

「荒神さんのサカキは、茎を短くきらなければいけない」そうです。
短くしないと、おなごの頭が高くなる(女性の立場が強くなる)そうです。

初めてしりました。
いつも普通に生けていました・・・。
ただ見ているだけでは、分からないことでした。

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(私が生けたサカキ。見た目には普通です)
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by deity_river | 2010-07-21 22:49 | いいつたえ | Comments(0)

地元の暮らしの様子や日々思ったことを更新中。なくしたくないものがたくさんあるから。