千ヶ峰を仰ぐ

 先日、岩津の岩屋観音の周辺ウォーキングに行ったときに、千ヶ峰を見ました。
それから、「めっちゃ、千ヶ峰に登りたーい!」と心がうずうずするようになりました。

一人では登る勇気はありませんので、作畑の下村から千ヶ峰を仰ぎました。


これは、若い時に写真が趣味だった父が撮った千ヶ峰。
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30~40年ぐらい前の風景だと思われます。手前に、藁の巻いたのが置いてあるので、稲刈り後に写したようです。


これは、今日、私が同じアングルから撮った千ヶ峰?
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千ヶ峰見えていないと思うのですが・・・。手前の堂山の木が大きくなったからかな??


足立誠太郎さんの『ふるさとの史話民話』によると、

 “千ヶ峯は、加美町側のふもとの村、岩座神に真言宗万霊山神光寺という、白雉年間(今から約1300年ほど昔)法道仙人が開基したとつたえられているお寺があります。このお寺の奥の院といわれているのでしょうか、御霊山のような存在だったそうです。
 むかし、この地方や加古川流域の播磨平野が、ひでりで大変困った時、千ヶ峯で盛大な、雨乞の行事が行われていたそうです。雨乞は、千駄焚きとか、雲あぶりともいって、たくさんのたきぎをたいてお祈りをされ、また、鐘や太鼓をたたいたり、鶏を鳴かしたり、大勢の人が集まって、いろいろなことがおこなわれていたといわれています。その跡と伝えられている場所が、山頂から約二百米ほど尾根を東へ行った、ちごらの岩といわれているところだそうです。
 また、一説に、むかし、いろいろな事情で、中国大陸から、この国にきて、この山のどこかのふもとに、帰化して暮らしておられた人達が、山頂に登られ、はるか雲のかなたの、故国の方を眺めて、望郷の涙を流されたともいわれています。
 古文書に、仙ヶ峯としるされているところもあります。この山で雨乞をすると、千石、万石の、恵みの雨が降るとか、また、近くの千の山、たくさんの山の中で、一番優秀な峯だから、千ヶ峯と名がつけられたともいわれています。
 神崎町の方の山肌は、ほとんどが、作畑の部落共有林で、昔から昭和の三十年ごろまで、部落の萱刈場として、毎年部落総出で、山焼きなどが行われていました。良質の屋根ふき用の萱が毎年成長し、千ヶ峯萱として名高く、昔から、長い年月の間、村の家々の屋根を守ってくれました。
 また、わらび、ぜんまいなどの山菜の宝庫といわれ、ふもとの人々の暮らしに役立ってきました。絶好の狩場でもあり、おみなえし、ききょう、かるかや、などの先祖供養の盆花のとりばでもありました。また、千ヶ峯萩といって、萩の群生地としても植物学会でも有名になっておりました。”

ということです。


 この文章を読み直して、もっと山に登りたくなりました。

昔から作畑の人々の生活に欠かせない「千ヶ峰」。

近いうちに千ヶ峰へ登りたいなーと思っています。
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(千ヶ峰の写真を撮った後に、心のうずうずを抑えるために石風呂奥の鹿柵のところまでは行きましたが、そこから奥へは行きませんでした。またのお楽しみに。実は、石風呂コースの往復はまだありません。片道のみです。)
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by deity_river | 2010-04-25 17:26 | ふうけい | Comments(2)

庭先のおこちゃん

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50年ほど前の写真と思われます。
庭先に座るおこちゃん。鎌を片手に草刈中?
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庭木が増えただけで、ほとんど変わらない家の庭・・・。
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by deity_river | 2010-04-15 17:34 | ひと | Comments(4)

作畑の託児所

 3月7日、作畑の交流センターで行われた「まるごと新田作畑見本市」の古写真スライドショーに出していたウチの古写真が帰ってきました。

古写真が帰ってから、祖父は虫眼鏡を片手に、見続けていました。
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私も、横から覗いて、みていると、作畑の託児所の写真が出てきました。
あのときのスライドショーでみたんは、ウチから持っていったやつやったんや~(たぶん)と思いながら見ていました。

祖父は、古写真に写っている人たちを虫眼鏡を通して見ながら、
「この左の端っこにかくれるように写っとんは、ワシや。その右隣はおばぁやぁ。」と指さしました。
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そこの写真の左端に確かに、祖父の3~4歳頃と思われる時の姿と、私から見て曾祖母のおこちゃんの姿がありました。

 この託児所は、観音堂のすぐ東にあったそうです。
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(今は「だん」の田んぼになっています)

 元々は、小学校の先生のための教員住宅だったそうですが、先生が使わなくなったので、託児所になったそうです。この託児所では、農繁期の時の日中に子ども達が預けられ、作畑の娘さん達が、面倒を見ていたそうです。
後に、この託児所は、交流センター(越知谷第二小学校)へ移ったそうです。
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(この写真は越知谷第一・第二小学校創立百周年記念誌より)

古写真から、見えることたくさんありますね。

そういえば、一枚目の祖父がアルバムを見ている様子を撮った写真には、黄色と赤のこたつ布団が写っています。これは、私が小さい時からあるみたいです。私が曾祖母にだっこされているときの写真にも写っています。かれこれ、このかけ布団30年近く使っているんや・・・。

しばらくは、帰ってきた古写真アルバムを見続けていると思います。
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by deity_river | 2010-04-15 17:23 | しごと | Comments(2)

おこちゃんとゆきちゃん

 古いアルバムを見ていたら、父の宮参りの写真が出てきました。
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抱っこしているのは曾祖母。みんなから「於こちゃん」という名前で親しまれていました。
家の孫のゆきちゃん(父)が生まれた、このとき、60代中頃でした。

私には、曾祖母の記憶がありませんが(なくなったのは私がちょうど3歳の時でした)、私も曾祖母に抱っこしてもらっている写真をみたら、90歳を越えているのに、60代と変わらず同じようなつやつやした顔でした。



 曾祖母がなくなってしばらくしたら、私に妹が生まれました。

曾祖母の生まれ変わりなのか、顔と体型と全てがびっくりするぐらい「そっと(そっくり)」です。

顔はほんとにそっとですが、中身が全然違います。
曾祖母は顔はほわほわしていますが、中身は作畑の「アネゴ的」な存在だったそうです。
妹は、中身もほわほわしています・・・・・・。
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by deity_river | 2010-03-25 22:01 | ひと | Comments(0)

 祖父が24歳の頃、出稼ぎ(フリーランス)で元伊勢の近くで「木馬引き」をやっていた頃の写真が出てきました。
これは近所の人に誘われて、姫路の渡辺製材所のお手伝いに行っていたときのものです。
この頃の木馬引きの日当は500円だったそうです。
(ちなみに、木馬引きをやめた後に勤務していた製材所では日当300円だったそうです。)

 元伊勢の方では、木馬引きというのが珍しいらしく、引いていると、村の人が見に来ていたらしいです。
ちなみに、この写真は前にのせた写真の前後にとったものです。

 これは、この地域の神社のたてかえに使うために、木を切って、運び出している記念だそうです。
輪切りにした木の直径の一番大きいところが5、5尺だったそう(中央の木には、チョークで5,2と書かれています)
この木の一つで、写真のトラックの荷台に一つしか乗らなかったそうです。
すごい大きさですね。
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(祖父は後列の左から2番目)

祖父の木馬の活躍している姿もとても興味深いですが、元伊勢の稲木の高さにびっくりです。
見えるだけでも8段です。ちなみにこのあたりは1段です。
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by deity_river | 2010-02-20 22:31 | しごと | Comments(6)

木馬引き(きんまひき)

 現在の仕事といえば「会社勤め」もしくは「自営業」ですが、一昔の仕事・現金収入といえば、「山いき(山仕事)」、「養蚕」、「コンニャクイモづくり」、「三椏栽培」、「炭焼き」などだったそうです。

 祖父も若い頃は、「山いき」をしいて、木馬引きをしていたそうです。(後に、製材所に勤務していました)
「木馬引き」は山で、切り出してきた木を下に下ろす作業のことで、山にレールをしいて、その上を「木馬」と呼ばれるそりのようなものに乗せて、木材を山の麓まで運んでいました。

この作業は大変、力が必要で、また、木馬を引く力加減が難しいので、命を落とされる方もたくさんいらしたそうです。
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(木馬引きの様子。木馬はあまり見えていませんが・・・。左から2番目の人が私の祖父の若かりし頃です。)

 祖父曰く、木馬は午前中に1度と午後から1度引いていたそうです。
しかし、とても大変て、危険な仕事なので、結婚してから後は、親類の製材所に勤務していました。


 いかに大きな木を切り出していたのか、よく分かります。
 直径が祖父の背丈と同じぐらいですね・・・。(私は、こんな太い木を見たことがありませんが・・・)
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by deity_river | 2009-05-18 22:10 | しごと | Comments(0)

地元の暮らしの様子や日々思ったことを更新中。なくしたくないものがたくさんあるから。