2013年 05月 02日
魅力満載の千ヶ峰
何度か、千ヶ峰に登ったことはあります。(作畑石風呂コース往復、西雄岳~またに山~石風呂の尾根へ、新田水谷コース~市原へ、市原コース往復)
しかし、今回は、ただ登るだけではありません。
次号のSala54号には萱刈りについて書く予定なのですが、それが、かつては千ヶ峰で行われていたからです。
それに、祖父から、「千ヶ峰には滝もあるし、鋪(坑口)もあるで」ときいていたので、見てみたいなぁと思っていました。
4月28日。同行してくだっさったのはやまあそさんです。
今回の駐車場は、地域交流センター。
越知川を渡って、石風呂へ入ります。
祖父から、昔は、林道をいかずに、川沿いので千ヶ峰に登っていたと聞いていたので、その道を探していると、父のいとこのきくおさんと出会いました。ちょうど、鹿柵の改修奉仕作業をされていました。
きいてみると、その道はいまはないとのこと。
でも、気になって、林道から石風呂川を渡って、古い道を見てみましたが、崩れていました。
しかたなく、林道を歩きました。
鹿柵を直すきくおさん。
そして、林道を進みます。
駐車場(昔は集材所だった)から、右手に石風呂登山コースがあります。
萱刈り道を行きたいこところでしたが、まず、その石風呂登山コースの谷に滝があると聞いたので、探してみます。
なぜか立ち入り禁止になっていますが、それを越えて、歩きました。
作業道から分かれて、沢沿いを歩きました。
どんどんあるくと、やまあそさんが「あったー!」と叫ばれています。
このあたりの字をジンダイといいます。
この滝は、川というより、斜面から落ちているようです。
ふつうのハイカーは知らない滝です。
私が、滝を眺めていると、やまあそさんは、滝の横をよじ登られています。滝の上は平ららしいです。
そこから作業道が見えたそうです。
そちらへ行くと、作業道がありました。
そうすると、千ヶ峰石風呂登山コースの道と合流します。
駐車場から、北に見える谷をゆくと、昔の萱刈り道です。ここは、かつて、木馬道(キンマミチ)でした。
そこを行くと、さっきの作業道に出ました。
祖父の話では、その作業道から、谷をわたって、すぐに尾根にのると、「まいまいどこ」という、なめらがあるところに出るそうですが、急すぎてこわいのと、そこがほんとうに「まいまいどこ」なのか怪しかったので、そのまま沢沿いをあるき、正規の石風呂登山コースをゆきました。
後でわかったのですが、祖父の言う話はあっていました。祖父の弟のしょーじさんの話では「急で、檜をもって回って降りないと、背負った萱がひかかる。回って降りるから『まいまいどこ』っていうんや」と教えてもらいました。
私たしは正規の登山道を歩きました。そこもすこし急なので、ジグザグしながらあるいていました。その左手は石風呂の草刈場だったそうです。
尾根に出ると、『ほそくび』にでます。
しょーじさんの話では、ほそくびからは北の浅ヶ谷へおりる道もあったそうです。
ほそくびですこし休憩して、いよいよ萱刈り場です。いい萱を作るために山焼きをしていたので、「焼山」とも言われています。
焼山は広い尾根です。歩いていると、まっすぐ掘りきりがありました。
これが、焼山の境界線です。ここより内しか焼いてはいけなかったのです。
いまは、どこもかしこも植林されています。
昔、焼山は山菜の宝庫で、みんな足を灰で真っ黒にしながら、山菜採りをしていたそうです。
ひろい焼山を進んでいくと、ようやく、神河町と多可町の境界尾根に近づきます。
尾にでると、急に笹がありました。
山頂です!
今日も大賑わいでした。
山頂のすぐしたには、萱がたくさんあります。おそらく、昔の焼山の名残だと思います。
そこからは、たくさんの山が見えました。
千ヶ峰は千の山がみえるから、そう名付いたとも言われています。
北にはまたに山。三国岳。黒川ダム。青倉山。西に行者岳。もっつい山。法道寺山。古城山。千町ヶ峰。氷ノ山。南に飯森山。笠形山。東に妙見山。
天気がいいと、京都の青葉山とか弥仙山とかも見えるそうです。ほんとう?
名残惜しく、山頂を後にしました。
山頂から、すこし南へ降りたところからは、作畑と白口峠が見えます。
焼山をすぎて、そのまままっすぐ、尾根を降りると、石風呂に出るのですが、一度歩いたことがあるので、途中から、北の支尾根にのって、浅ヶ谷へ降りました。
途中に、一箇所だけ青やら黄色やら、白やらのテープが巻かれた杉がありました。たぶん、三国岳からの林道がつくんだと思います。
途中まで、いい尾根でしたが、だんだん急になって、浅木になって、私はびくびくし始めました。
やまあそさんに、「後ろ向きに下りたら安全や」といわれながらも、それがこわくて、半べそをかきながら、前向きに降りてきました。
やっとの思いで降りたところは浅ヶ谷の林道の終点。
千ヶ峰の山腹はほとんどが作畑の土地だそうです。
あとは林道を歩くと、新田地区に出ます。途中に、坑口がありました。
ここは上垣内の草刈場だったそうです。
ようやく新田地区です。
道にはまた、坑口ありました。祖父いわく、「浅ヶ谷の鋪とこの鋪は同じ作畑の人が掘っていた」とのこと。
ようやく、交流センターに帰ってきました。
ふれあい喫茶・きちゃったで、特製ミックスジュースを頂きました。
今回は、千ヶ峰のしられざる神雷滝、そして、カヤ刈り道と坑口をみることができて、大満足です。
かつて、作畑の人たちにとっては生活に千ヶ峰がなくてはならない存在でした。
人が山ととても近い暮らしをしていた頃を想像しながら歩きました。
今回はマップを作りました。
by deity_river
| 2013-05-02 22:27
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